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だが、修一はそれでも安心できなかった。
今回の提案も、青木老人という、青木剛の身内のものだ。青木ないし組と結託して、こちらを陥れようとしているのではないかという疑念が、頭からこびり付いて離れてくれない。
こちらの油断を誘うために、青木剛が偽の情報を手紙にしたとも言えなくもないのだ。
だから、すっかり安心しきっている周囲のようには、どうしてもなれなかった。
「大丈夫だよ」
ぽん、と奏太が修一の背をあやす。
「うちのじいちゃんの話だと、青木のじいさまは言ったことは絶対にやる人なんだって。それに警察に睨まれてるんだし、大人しくしてるほうがあの人たちにとっても得策なんじゃないかなぁ」
そう言われても、と修一は思う。
それを見透かしたように、奏太は続ける。
「……まあ、修くんが疑心暗鬼になっちゃうのは仕方ないよね」
すると、不意に頭上から声がかかった。
「シュウ」
紫苑だ。ソファーの背もたれ側から、二人を見下ろすように立っている。
「もう、アンタはアンタの好きに生きていいのよ。自尊心を踏みにじられた分もね」
そうは言うが、紫苑も相当窮屈な思いを強いられてきただろうに。
自分と関わってしまったばっかりに。
修一は押し黙っていると、紫苑がフッと鼻で笑ってきた。
「今度何か青木組のヒトらに因縁つけられたら、堂々とその場で警察にチクってやればいいのよ。だから、もうアンタも必要以上に気に病まない! いいこと!?」
ねじ曲げられ、変えられてしまった自分を見捨てず付き合いを続けてきた人間の言葉は、ストンと修一の気持ちに落ちてきた。
そして、奏太と触れあっている場所から伝わる体温と手の感触。
これらがゆっくりと、修一の心の強ばりを溶かしていく。
(……本当に……、信じていいのか……?)
いや、と思う。
(……信じなければ……、現実にはならない……)
散々、子供の頃から思っていたことではないか。
警察官になるための努力は、裏切らなかった。
父とその相棒のような刑事になるための努力は、途中で強制的に打ち切られたが。
これからは、平穏に暮らせるようにすればいいのだ。いまさら警察官に戻れやしないのだから。
だから、今はこの雰囲気を壊さないためにも。
(……信じよう、奏太を、紫苑たちを、神谷たちを……!)
修一は顔を伏せたまま、微かに頷いた。
「……そう、だな……」
ゆっくりと修一は身を起こした。
その表情を見て、奏太と紫苑が目を見張る。
「そう、だよな……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔だが、それでもどこか美しかった。
そう思えるのは、修一の顔つき……特に、目に生気が再び宿り始めたからかもしれない。
心身共に傷つけられ絶望の中にしか居所のなかった彼の心が、確かに息を吹き返したのだ。
うっすらと、修一は笑っていた。
意識して笑顔を浮かべることをすっかり忘れてしまっていたから、どこかぎこちないものではあったけれども。
その事実に紫苑は顔を覆い、奏太も涙ぐんだ。紫苑のパートナーは彼女の肩を抱き、神谷も片手で両目を覆う。
「……もう、俺の好きに生きても構わないんだよな」
口調も、かつての面影が顔をのぞかせ始めた。
修一と奏太、その周囲にいる全員が思った。
自分たちの戦いが、決着したのだと。
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