menu.8 愛のふくらみパンケーキ(1)

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menu.8 愛のふくらみパンケーキ(1)

【prism-butterfly】での青木老人との面会から明けた翌日。 揃って外出から戻ってから、ずっと奏太は膨れていた。 その原因は修一……の、髪型にある。 「……もう少し、今の修くんに似合う髪型だってあったろうにさぁ……」 ソファーの上で膝を抱え、ぶつぶつと言っている奏太に、修一は苦笑する。 それまでは青木の意向で、肩甲骨のあたりほどの長さをキープさせられていた。 それを今日、紫苑にメンズ美容室を紹介してもらい、バッサリと切ってきたのだ。 眉ほどの長さになった前髪は半分を残して後ろに流し、トップはウルフカットのよう。襟足はすっきりとなって、うなじが全て露わになっている。 髪を切る前はどこか鬱蒼とした退廃的な色気があったが、今は健康的な色気の中に健全な溌剌さが多分に含まれているようだった。 ここ数年の修一しか知らない者が見たら、まるで別人のようだと思うだろう。 「セックスのとき、汗で肌に貼りついた髪がすっごいエッチだろうなぁと思って楽しみにしてたのにぃ……」 未練がましくめそめそしている奏太の隣に座り、修一は言う。 「……お前が前の髪型を好きだと思ってくれていたのは嬉しいが、本当は鬱陶しくてたまらなかったんだ。青木に強制されてあの長さだったのもあるし」 青木からの支配、その最後の象徴である髪をバッサリと、警察官だった頃に近い長さまで短くすることは、修一にとって必要なことだった。 というわけで、昨晩【prism-Butterfly】で紫苑に腕のいい美容師を紹介してもらった。 修一を一人で出歩かせることに不安を感じた奏太、紹介者だからと紫苑、この二人が付き添いだ。 紫苑とパートナーの行きつけということもあり、予約の隙間を縫って散髪を引き受けてくれた。 美容師も歌舞伎町に城を構える、いっぱしの経営者だ。修一の話は噂程度に聞いていたらしい。 いたく同情してくれ、今後の定期利用を条件に破格の値段で担当してくれたのだ。 そして、ざっくり切られていく修一の髪を見て、声にならない叫びを上げた。 それから奏太はずっと嘆いている。 こうしてむくれることもあるんだなあ、と修一は可愛らしく思ってしまう。 ゆったりと抱きしめると、奏太はぐりぐりと修一の腹部に頭を擦り付けてきた。 「次は絶! 対!! 俺が髪型選ぶからね!!」 ぎゃんっ! という勢いで吠える奏太。 修一は宥めるように彼の頭を撫でてやった。 ********* 夕食は軽くとった。本当なら食べない方がいいのかも知れないが、いざ空腹でことに及び、腹の虫でムードが台無しになってもつまらないと判断したからだ。 交代でシャワーを浴びる。修一は念入りに体を洗った。 全ての準備を終え、浴室から出てくると、奏太はリビングでバラエティ番組を見ていた。 ソファーに並んで座る。修一はとすん、と奏太の肩にもたれかかってみた。 「どしたの?」 奏太が訊ねてくる。 こういう何気ない時間が、本当に愛おしい。 修一はゆるりと目つきを和らげながら、ぽつぽつと話し始めた。 「……不思議なものだな。奏太と出会ってから、たった1ヶ月かそこらで俺の人生は再び変わった」 「うん」 「とても考えられないことだったよ」 「……そっかぁ」 修一は、最後の確認をすることを決めていた。 本当は奏太と交わりたい。ベッドの中でくんずほぐれつしたい。 しかし、どうしても確認しておかないと、安心出来ないのだ。 だから訊く。 「奏太は、本当に俺でいいのか?」 とたん、「は?」という奏太の低い声が出る。修一は姿勢を戻して、じっと奏太を見据えた。本気で訊いているのだという意味もこめて。 「……俺が側にいたとして、お前の配信者としてのブランドを傷つけることになるかもしれない。ヤクザの愛人経験がある元警官の男なんぞ、ファンに知られれば反転アンチが大量に発生しかねない案件だ。ただでさえ、お前にはガチ恋勢もいるのだろうし」 「……まあ、ガチ恋勢の存在は否定は出来ないなぁ」 そう言って、奏太はこのマンションに住む至る経緯をぽつりぽつりと語り出した。 曰く、動画クリエイターとして人気が出始めたあたりに、ストーカー被害に遭った。 実家の両親と近所の祖父母にも迷惑をかけた上、動画投稿を始めた頃から編集を担当してくれていた、高校時代からの友人もそのストーカーから脅迫被害を受けた。 そのため、今は二人とも実家から離れ、互いに違う地域に住んでいる。 「だから、子供の頃からのストーカーも含めれば、まあ今更って感じもするしね。リスナーからの質問回答動画でも、恋愛対象は男女関係なく俺の琴線に触れた人ってきちんと言ってあるし」 「……そうか」 「だから気にしなくて大丈夫」 安心させるように微笑みかけてくる奏太に、修一は最終確認をする。 「……本当に、俺を選ぶというんだな?」 じっと見つめる修一に、奏太は頷いた。 「……あのね、修一くん。俺さ、なんで修一くんのこと好きになったか言ったよね? 修一くんが一番俺の料理を美味しそうに食べてくれたから、って。今までも俺の料理を美味しいって言ってくれた人は大勢いたよ。……でもね、」 奏太はそこまで言うと、リモコンに手を伸ばしてテレビを切った。しん……とした静寂が漂う。
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