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「俺の料理食べてるときの修一くん、すんごいエッチなの。気づいてた?」
そう言われて、修一はきょとんとした。
「……エッチ?」
「そう、エッチ。性的に色っぽい感じ」
(……知らなかった、そんな顔になっていたのか)
まっすぐな目で頷かれ、修一は内心頭を抱えたくなった。
(ただ俺は、奏太の料理を心底味わっていただけなのに……)
黙って首を横に振る。
少しばかり物申したかった。
「……奏太の料理がまずいわけがない。……ただ、最初にここに来たときに振る舞ってもらったお前の料理を食べているときは、この時間が永遠に終わらなければいいのに、とは思っていた」
修一は目を伏せる。あの時感じていたことを思い出そうと視線を落とした。
「料理の味がダイレクトに伝わったのは、心因性の味覚障害と診断されてから初めてだった。だし巻き卵もきんぴらも味噌汁も、全ての味を鮮やかに感じ取ることが出来たんだ。……それこそ、心も満たされたような気がして……」
そこで修一は言葉を切った。躊躇いがちに視線を彷徨わせ、それから意を決したように奏太に向き合う。
「……お前が、俺を恋人にすることのデメリットをなんとも思わないというのなら……」
その先は、奏太の唇によって塞がれたせいで言葉には出来なかった。
触れるだけのキス。すぐに離れた。
修一の両頬を両手で包み、奏太は自信に溢れた笑みを向ける。
「俺が修一くんじゃないとダメなんだよ。修一くんが俺の料理食べてるところをずっと見ていたいしね。それに顔もドタイプだし」
奏太の表情に夜の色が宿る。
ぞくりと、修一の胎が疼いた。
「好きだよ」
「……ぁ、」
もう、ダメだった。
奏太の欲を受け入れないという選択が、修一の中から消えていった。
「ん、……っ」
侵入してくる奏太の舌に応えるように自身の舌を絡める。頭の芯が徐々に痺れていく。
奏太の右手がうなじをくすぐり、左手が腰を抱き寄せる。意外と力強い手つきだった。
(ぁ、ぁあ……っ)
熱が上がっていく。思考が蕩けていく。身も心も、幸せに染まっていく。
気づけば修一は、夢中で奏太のキスを貪っていた。恍惚の声も自然にまろび出る。
奏太が、じゅ、と強く舌を吸ってから離れた。
「……あは」
いつの間にかソファーに力なく横たわっていたらしい。奏太がリビングの照明の光を背負っている。
修一の表情を見た奏太は、支配欲に染まった笑みを浮かべていた。
そんな男の表情を奏太から見ることになるとは。
だが、相手が奏太というだけで嫌悪も憎悪も湧かない。
(……惚れた奴が相手だと、こうまで気持ちが違うとはな……)
呼吸を整えながらぼんやり見上げていると、奏太が言ってきた。
「気持ちよくないなんて言わせないよ、こんな顔して」
そう言い、修一の頬に手を添えてくる。
体温が意外と低く感じ、そこで修一は始めて自分が興奮していることをはっきり自覚した。
不意に奏太は、首に顔を埋めてきた。舌をゆっくりと這わせてくる。
吸い、舐め、食む。薄い皮膚から伝わる快楽は、否応なく修一を昂ぶらせていく。あえかな声が自然と出てしまう。
じゅうっ、とひときわ強い吸い音が鳴る。
「ん、っ……、そう、た……お前、なんてところに……」
まさか、散髪したばかりで隠せなくなった首元に吸い痕を残されるとは思わなかった。
そろそろ冬に向かう頃合いだからハイネックを着てもいいが、少し早すぎる。
奏太は満足げな笑みを浮かべていた。そして耳打ちしてくる。
「だってねぇ……。こうしておけば、修くんが誰かのだって、不埒な輩にも分かってもらえるじゃない。ねえ」
「……確かに、肉体関係を持つ相手がいるのは分かるだろうが……」
セフレ目的の奴にはただのヤリチンだと勘違いされないか……? とは口には出さなかった。
もし言ってしまうと、どれだけめちゃくちゃにされてしまうか分からない。
ぞく、とまた熱が上がった。全身が性の歓喜に震える。
奏太はそれを見透かしているのか、ほくそ笑んだ。一度修一の上から退き、手を差し伸べてくる。
「……ベッド、行こうか」
起こされながら、修一は笑った。
(……ああ、本当に、相手が違うと、俺の心持ちも違う……)
これから待っている状況を想像して、ぞくぞく、と修一の全身が歓喜に浸る。
奏太とのセックスを待ち望むなど、こんなに浅ましい人間だったのかと思う。
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