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menu.8 愛のふくらみパンケーキ(2)
電気のついていない寝室のベッドの上。
修一は上半身をベッドサイドと枕にもたれかけながら、奏太とのキスに興じていた。
力加減を変え、角度を変え、触れる場所を変え。
合間に酸素を取り込みながら、夢中になって互いを高めていく。
するする、と奏太の右手がTシャツの裾から侵入した。
皮膚をくすぐるように掌が這い、腹筋のでこぼこを楽しんでいるように撫で回される。
「ん、ふ、ぅ」
擽ったくて、修一は思わず身を捩った。そのせいで唇が外れ銀糸が伸びる。
それを機に奏太が少し離れた。
暗がりに慣れてきた目で、修一は奏太を見て、少しぎょっとした。
爛々とした目でこちらをじっと観察しているのだ。
思わず、彼の目を塞いでしまった。
小顔の奏太の両目を完全に塞ぐのは、成人男性の中でも大きめな修一の手なら容易いことだった。
「……あまり、見るな……。はずかしい……」
キスに酔いしれていた姿を奏太に見られて、恥ずかしいやら興奮が増すやら。
修一はどうしたらいいのか分からなかった。
薬で狂っているわけでもない、酒に酔っているわけでもない。そんな状態で、奏太に観察されていたのだ。
爛々とした目を向けてくる奏太を見て、修一は改めて自覚してしまった。これから自分が、目の前の愛しい青年に食われる。それを思うと、とっても。
(……興奮する)
こんな感情、初めてのことだ。ひどく浅ましい、即物的で動物的な欲求。それでも止められない。止まりたくない。
奏太は、自分を手に入れるためなら自分の持ちうる、使える全ての手段を使ってみせると証明してしまった。それが出来るだけの強い精神力を持つ男だと。
そんな男に身も心も熱烈に求められて拒否できるほど、今の修一は強くなかった。
奏太は自分を、青木という名の血塗られた楔から解き放った。
だから、心がどこかに飛んでいってしまわないための新しい重りになってほしい。奏太にはそれが出来ると、信じさせてほしいのだ。
不意に奏太が、自分の顔面から修一の右手を引き離した。そのまま指を絡めて左手と繋ぐ。
先ほどからずっと修一の肌を撫でていた不埒な右手は、修一の左胸に到達したところだった。そこで動きがぴたりと止まる。
「……修一くん? 何この輪っか……」
「……ああ……」
問われ、修一は自分でシャツを首元までたくし上げる。
適度に盛り上がった胸筋の頂きで、ツンと存在を強調している乳首。それぞれを、一対の金属輪が貫通していた。
「……俺が捕まってそこそこたった頃だったかな。快楽と痛みを同時に与えて逆らう気もなくすようにするためにとかなんとかで、レイプされながら開けられたんだっけな……」
くすくすと、どう聞いても当時を懐かしんでなどいない自嘲と侮蔑混じりの笑みを漏らしながら修一は言った。
「……なぜ、今まで外さなかったと思う?」
「えっ」
急な問いに、奏太は狼狽したようだった。 確かに自分で外してしまえば良かった。だが、修一はそれをしなかった。
自分でも不可解だとは思ったが、どうしても自分で外す気になれなかった。
輪を弄びながら修一は答えを告げる。
「昨日、あの手紙を読むまで、俺は青木から本当の意味で逃げられたとは思っていなかった。だから組の連中が奏太の元に来る前に身を隠して、どこかの僻地ででも野垂れ死のうかと思っていたんだ」
「えっ……!?」
突拍子もない答えに、奏太は目を剥いた。
修一は奏太が何か言い出す前に、言葉を紡ぎ続ける。
「だが、青木は俺を逃がすと手紙に書いてきた。奴の地位が組内で今後どうなろうと知ったこっちゃないが、契約さえ結んでしまえば俺も奏太も、俺の両親も解放される。……だからな、もういいかと思って」
そこまで言い終わると修一は、ぐい、と奏太を引き寄せその耳元で囁く。
「……これをな、奏太の手で外してもらったら、どのくらい気持ち良くてどれくらい清々するかなと思ったら、外す手が止まっちまった」
さらり、と奏太の後頭部を撫で、修一は奏太の耳介に唇が触れる距離で声を吹き込む。
「お前の手で、外してくれ」
瞬間、がばっと奏太は修一から離れた。興奮した息づかいのままそれに手を伸ばす。
サージカルステンレス、16G、直径16㎜、キャプティブビーズリングボディピアス。
明らかにゆとりがあるそれは、リングの内径にある空間に紐か鎖を通して、或いは指を引っかけて〝調教〟に使用する意図が透けて見える。
奏太は、どこか憎しみを籠めたように訊ねてきた。
「……壊れてもいいよね」
疑問でも確認でもない、強制するような響き。奏太のその言葉に修一は頷く。
「二度と着けるものか、青木が用意したものなんぞ」
今まで聞いたことのない口調での答えに、奏太は満足そうに笑う。
「あとで可愛いのかキラキラしたの一緒に選ぼうね」
初めての形に残るプレゼントだよ、と告げてきた。
(初めての形に残るプレゼント、か……。ふふ……)
奏太との繋がりがまた一つ増えていく。それが修一にとっては何よりも嬉しい。
とろりと微笑んで、奏太に答えた。
「ああ……、嬉しいよ」
ふっと、どちらからともなく目が合い、誓いを交わすようにキスする。
それをゴングに奏太は、ピアスとの闘いを始めた。
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