第六部 最後のループ

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 外は薄暗くて静か。少しひんやりしている。  つまり、今日のような午後は、睡魔との闘いになるのが常である。  しかし、今日の星冬は違った。気が高ぶっているのか、眠気とは無縁でばっちり目を開いている。  じりじりと時間が過ぎるのを待ち、何度も時計を見た。  ――キンコンカンコン。 「はあー、終わったー」  気持ちよく伸びをする。 「すぐ行くより、タイミングを見計らった方がいいな」  教室で少しだけ時間を潰してから、中庭が見える場所に向かった。  建物の影から様子を伺う。詩衣那が一人で待っている。 「草平は来ていないか」  ガッカリしていると、後ろから肩を軽く叩かれて、振り向くと草平だった。 「来てくれたんだ」 「……」  星冬の嬉しそうな顔に草平が戸惑っている。  星冬は、詩衣那を指し示した。 「ほら、あそこで詩衣那がちゃんと待っているだろ」 「……待っているのは、僕じゃないんだろ?」 「まだ疑う?」 「だって、昼休みのあとすれ違ったけど、まったく無視だったよ。そのことだけ伝えようと思ってきたんだ。もう僕は用無しでいいよね」  帰ろうとする草平を星冬はひき止めた。 「実は、草平に話があるのは俺だったんだ」 「え?」  草平は、非常に驚いている。 「どういうこと?」 「騙したことは謝る。でも、これ以外の選択肢がなかった。俺は、草平、本物のお前と話したかった」  草平は、顔をしかめた。 「本物の僕って、どういう意味だよ」 「草平には、本物と偽物がいるみたいなんでね。俺の言っている意味、分かるよな」  草平がバツの悪い顔になる。 「正直に話してくれ。草平は双子なんだろ?」 「……」  よほど知られたくないのか、草平は喋らない。 「頼む。大事な事なんだ」 「なんで、そんなに知りたいんだよ」  星冬は、手ごたえを感じた。 (もう一押し。ここは少し強引でもいいだろう) 「双子の名前は?」 「木平(もくへい)」  とうとう教えてくれた。草平の心が動き出している。 「双子の兄弟は木平と言うんだな。どうして存在を隠すんだ?」 「いろいろあって、口にするのも憚られるんだよ」 (やはり、そうだったか)  木平は、兄弟にすら恐れられ疎んじられている。それだけ問題人物ということだ。  廃団地で暴れまくった殺人犯は木平である。 「木平って、何をしたんだ?」 「身内の恥だから言えない」 「もしかして、今でも悩まされているんじゃないか?」  草平は、ギョッとした。 「図星だな。その木平は何をしたんだ?」 「……」 「何でも相談に乗るぞ。俺たちは仲間じゃないか」 「仲間……」  星冬の言葉が、草平の他人を拒否する頑なな心の壁を突き崩していく。 「僕は、本当に何にも知らないんだ……」 「身内なのに?」 「木平と一緒に暮らし始めたのは、最近のことだ」  草平がようやく重い口を開いた。 (よほど重い事情を抱えているようだな。じっくり聞き出したいが……)  ポツリポツリと雨が降ってきて、あっという間に土砂降りとなる。 (もう少しなのに!)  このまま草平を返すわけにはいかない。  せっかく打ち明ける気になっているのに、この機会を逃すのが怖い。  詩衣那が濡れている。ここで顔を見せたら、絶対に時間を取られる。気の毒だが、待ちぼうけしてもらうことにした。 (詩衣那、すまない! また風邪を引くだろうが、そのままでいてくれ!)  心の中で謝ると、「屋根の下で話そう」と、草平と一緒に校舎へ駆け込んだ。 「詩衣那は?」 「羽沙が来るから大丈夫だ」  草平の心配を適当な理由で打ち消した。
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