第一部 告白

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――ドン! 「キャ!」  詩衣那が短い悲鳴を上げて、ベチンと大きな音を立ててしりもちをついた。  バタバタと横を女子が走っていく。 「ちょっと!」  ぶつかったのにそのまま逃げていったので、羽沙は文句を言おうとしたが、あっという間に姿が見えなくなった。  後追いすると自分も廊下を走る羽目になる。それで諦めて、詩衣那を助けることにした。  手を引っ張って立たせる。 「詩衣那、大丈夫?」 「アイタタタ……。ありがとう」  詩衣那は、自分の臀部を大きくさすった。 「あれ、わざとだよね?」 「そうかも」 「先生に報告しようよ」 「いいよ。告げ口みたいで気分が悪いから」 「でも……」 「もう平気だから!」  詩衣那は、両手を握ってガッツポーズを決めた。 「ほら、全然平気!」  たとえ苛められていたとしても、それを撥ね退ける強さが詩衣那にはある。 「彼女、他のクラスの早川合美だったっけ?」 「うん」 「直接的な攻撃はちょっと酷いよね。やっぱり学園長にいおうか」 「だから、いいって。羽沙に迷惑が掛かるでしょ。それでなくても、学園長の依怙贔屓を受けているって言う子もいるし」  詩衣那は、羽沙の立場を心配した。 「学園長は、一緒に暮らしているからって依怙贔屓はしないよ」  生徒間でトラブルが起きても、必ず双方の話を聞いて公平に判断する人だと、羽沙は信じている。 「多分、私のことを嫌いなんだよ。でも別に気にしないし」 「詩衣那が嫌われているなんて、信じられない」 「そんなことないよ。涼真のことで恨まれているんだよ」 「好きだったとか?」 「そうみたい。私が涼真と一緒にいると、恨めしそうな目でよく見ていたから」  このことを学園長に言えば、心当たりを追究されるだろう。そうなると、涼真との関係を話すことになる。詩衣那はそのことを避けたかった。 「そうだったんだ」  自分の好きな人と簡単に付き合って簡単に別れて。そのことで不愉快になったとしても、彼女には無関係なことだ。理不尽な怒りを理不尽な方法でぶつけて、何が解決するというのだろうか。 「ま、今の件、涼真にはしっかり伝えておこうっと」  一見可愛い容姿の詩衣那だけど、なかなか気は強くて、転んでもただでは起きない。結構えぐい。  むしろ、体の大きな羽沙の方が大人しい。  羽沙は、暗くて引っ込み思案でうじうじしていて、普通なら苛めの対象にされてもおかしくないところだが、学園長の後ろ盾のみならず、人気者の詩衣那が仲良くしてくれることで、誰も手出しできないでいる。  それだけでも、詩衣那にはとても感謝している。  だから、どんなことがあっても、詩衣那の味方でいるつもりだ。
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