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――ドン!
「キャ!」
詩衣那が短い悲鳴を上げて、ベチンと大きな音を立ててしりもちをついた。
バタバタと横を女子が走っていく。
「ちょっと!」
ぶつかったのにそのまま逃げていったので、羽沙は文句を言おうとしたが、あっという間に姿が見えなくなった。
後追いすると自分も廊下を走る羽目になる。それで諦めて、詩衣那を助けることにした。
手を引っ張って立たせる。
「詩衣那、大丈夫?」
「アイタタタ……。ありがとう」
詩衣那は、自分の臀部を大きくさすった。
「あれ、わざとだよね?」
「そうかも」
「先生に報告しようよ」
「いいよ。告げ口みたいで気分が悪いから」
「でも……」
「もう平気だから!」
詩衣那は、両手を握ってガッツポーズを決めた。
「ほら、全然平気!」
たとえ苛められていたとしても、それを撥ね退ける強さが詩衣那にはある。
「彼女、他のクラスの早川合美だったっけ?」
「うん」
「直接的な攻撃はちょっと酷いよね。やっぱり学園長にいおうか」
「だから、いいって。羽沙に迷惑が掛かるでしょ。それでなくても、学園長の依怙贔屓を受けているって言う子もいるし」
詩衣那は、羽沙の立場を心配した。
「学園長は、一緒に暮らしているからって依怙贔屓はしないよ」
生徒間でトラブルが起きても、必ず双方の話を聞いて公平に判断する人だと、羽沙は信じている。
「多分、私のことを嫌いなんだよ。でも別に気にしないし」
「詩衣那が嫌われているなんて、信じられない」
「そんなことないよ。涼真のことで恨まれているんだよ」
「好きだったとか?」
「そうみたい。私が涼真と一緒にいると、恨めしそうな目でよく見ていたから」
このことを学園長に言えば、心当たりを追究されるだろう。そうなると、涼真との関係を話すことになる。詩衣那はそのことを避けたかった。
「そうだったんだ」
自分の好きな人と簡単に付き合って簡単に別れて。そのことで不愉快になったとしても、彼女には無関係なことだ。理不尽な怒りを理不尽な方法でぶつけて、何が解決するというのだろうか。
「ま、今の件、涼真にはしっかり伝えておこうっと」
一見可愛い容姿の詩衣那だけど、なかなか気は強くて、転んでもただでは起きない。結構えぐい。
むしろ、体の大きな羽沙の方が大人しい。
羽沙は、暗くて引っ込み思案でうじうじしていて、普通なら苛めの対象にされてもおかしくないところだが、学園長の後ろ盾のみならず、人気者の詩衣那が仲良くしてくれることで、誰も手出しできないでいる。
それだけでも、詩衣那にはとても感謝している。
だから、どんなことがあっても、詩衣那の味方でいるつもりだ。
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