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皆が帰ったあと、羽沙と詩衣那二人だけで部室に残った。
「で、話って?」
「クックック……」
詩衣那は、何も言わないで笑っている。
「……」
「クックック……。誰にも言わないでよ」
「うん……」
「クックック……。絶対、絶対、誰にも言わないでよ」
「言わないよ」
「クックック……。絶対、絶対、絶対だよ。誰にも言わないでよ」
しつこいほど念押しする。
羽沙は、今まで誰かに秘密を洩らしたことなどない。
でもこれは、詩衣那が羽沙を信じられないのではなく、詩衣那自身がこの状況を楽しんでいるだけである。つまり、勿体ぶっているのだ。
そうだと分かっていても、さすがにウンザリする。
そんなに内緒にしてほしければ、自分が言わなきゃいいのだ。
「あのね、クックック……」
「うん……」
「明日、呼び出すつもり」
「誰を?」
肝心なところを不必要にぼかす。
「星冬」
「は?」
今度は、涼真の一番近くにいる星冬を好きになったようだ。
「なんで、あいつを?」
「え? まさか羽沙もあいつを好きとか?」
詩衣那がキラキラした瞳で羽沙を凝視した。
「違う。意外だっただけだよ」
「もしかして、草平の方が『ありかな』って思っていた?」
「いや、そうじゃなくて……」
「草平は季里乃とお似合いだと思う。あの二人、気が合いそうじゃない? 実はもう付き合っているってことはないよね?」
他人の恋愛事情を気にしている。
「二人のことは分からないけど、涼真の方がいいんじゃないかなって思っただけ。背が高いし、優しいし、成績もいいし」
「あれはもういいの」
「いいの?」
「うん。もう、どうでもいいの。今日だって、平然としていたでしょ? 私のことをきれいさっぱり忘れる冷たい奴だから」
詩衣那の得意技は、手のひら返しだ。
「それは、彼は部長だし、プライベートのことで部の雰囲気を壊さないように、気を張っていたんじゃない?」
「それが嫌なの」
「へ?」
「私より部活優先なんて、許せない」
どうやら、別れた原因は詩衣那の我儘の様だ。
「明日の放課後、中庭に呼び出すんだ」
詩衣那は、考えただけで楽しいようでウキウキしている。
「そういうことで、明日は一緒に帰れないから」
「それは気にしないで。頑張ってね」
「うん!」
詩衣那は、輝く笑顔を見せた。
振られることを全く想定していない。羽沙には絶対真似できない。
羽沙は、男子を好きになったことがないが、もし好きな人が現れたとしても、告白して受け入れられる自信など絶対に持てないだろう。
呼び出しても、来てくれるとは思えないし、来なかっただけで大きく傷つくに違いない。
傷つかないように生きていく。そのことだけを考えて、羽沙は必死に生きている。
二人は、分かれ道まで一緒に帰った。
「じゃ、またね」
「成功を祈っているよ」
「任せて!」
詩衣那は、元気に手を振って去っていった。
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