第六部 最後のループ

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 途中で早川合美とすれ違う。 (早川合美だ……)  廃団地で残虐に殺された彼女のことを忘れちゃいけない。 (早川合美は、いつどうして廃団地に行くことになったんだろう?)  彼女はなぜ殺されたのか。  なぜあそこだったのか。  彼女の死こそ、謎だらけである。  犯人がオカルト部員だけを狙ったのでないとしても、わざわざ彼女を呼び出して殺す目的はあったのだろうか? (犯人の意図って、何なんだろう?)  どう考えても、星冬に狂人の思考などにサッパリ分からない。 (俺たちは、昨日の部活で廃団地行きを決めている。早川合美はその後に知ったと思うんだが。……待てよ? アイデアを出したのは草平だ。あれって、実は草平の双子のアイデアだったんじゃないか? 草平は目的も知らずに言わされただけ。早々に殺されたのも、口封じだったんじゃないか? 俺たちを廃団地に呼び出すことに成功したから、早川合美にも教えた。俺たちは、そいつの手のひらの上でいいようにあしらわれ、殺されたってことだ。……本当に人なのか?)  全て計画通りの凶行。  人格のない虫けらのごとく、皆が殺されてきたのだと思うとゾッとする。 (しかし、どうやって早川合美をあそこに呼び出したんだろう? 草平の名前で呼び出せるとは思えない。何かでおびき出すことになるが)  考えれば考えるほど、混沌として頭がこんがらがっていく。  星冬は、早川合美について知識がなさ過ぎるからか、何も思いつかない。 (どうであれ、このままでは廃団地で殺されてしまう。そっちも何とか阻止しないと)  彼女を救わなければ、全員助かったとは言いきれない。 (どこかで草平か双子の片割れと接触するかもしれない。一日中見張っていることは出来ないが、犯人だって、自由に行動できる時間は限られているはずだ)  出来るだけ、早川合美の行動に気を付けておくことにした。  昼休みになった。  いつもは購買でパンを買うのだが、早川合美が学食にいたので、自分もそこで食べることにした。  日本蕎麦を選び、トレイを手にして席を探していると、涼真の隣が空いていた。そこからは、テラス席にいる早川合美が見える。 「ここ、いいか?」 「ああ」 「涼真が学食に来るのは珍しいな」 「うっかり、弁当を忘れてさ」 「涼真にもうっかりがあるんだな」 「まあな……」  何か悩みがありそうな顔をしている。 (まさか、詩衣那の裏切りに感づいているとか?)  自分のせいじゃないのに、とても後ろめたい。 (ここで俺が詩衣那の呼び出しに応じたら、やっぱり涼真を裏切ることになるんだよなあ)  皆を救うためとはいえ、そんな事情を誰も覚えていないのだから、自分の行動は単なる裏切りに見えてしまうだろう。 (やっぱり、やめとこうか。俺が行ったところで、廃団地行きが阻止できる確証はないし)  大きく気持ちが揺らぐ。 (褒められたい訳じゃないけれど、俺が一人で頑張ったとして、誰も記憶がないのだから裏切り者扱いだ。それって結構虚しいよな。なまじ記憶があるばかりにこうして葛藤するのなら、いっそ、涼真たちみたいに何にも知らないで、ループしている方が幸せなのかもしれない……)  星冬は、無意識に胡椒の小瓶を手に取ると、蕎麦の上で振った。涼真がそれを見て驚いた。 「それ、胡椒だぞ。普通、蕎麦には七味だろ」 「え? ああ! ラーメンと間違えた!」  考え事に集中しすぎて、全く気付いていなかった。 「あー、真っ黒だ!」  取り返しのつかない量が器に浮いている。 「ハハハ。それはそれで、新しい味になって美味しいんじゃないか?」 「そう?」 「そう。間違ったと思ったら、正せばいい。これは新しい食べ方なんだってのも、ありだと思う」  涼真に慰められて、涙が出そうなる。 (止められるのが俺しかいないんなら、俺は……、俺は……、たとえ誰にも理解されなくても、選んだ道が間違っていないんだから、自信を持てばいいだけだ!)  星冬は、涙をグッと堪えて自分に言い聞かせた。 「これは! 新しい味だ!」  胡椒まみれの蕎麦を思いっきりすすったら、ゲホッとむせた。 「ゲッホ! ゲホゲホ!」  咳が止まらない。  それを見た周囲の生徒がクスクス笑っている。  涙目の星冬を見た涼真が、「やっぱ、からかったか。安易に勧めて悪かった」と、謝った。  気付くと早川合美の姿が消えている。動向を探るどころじゃなかった。
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