第一部 告白

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 詩衣那(しいな)は、羽沙(つばさ)にないものを全て持っている。仲の良い家族。充分なお金。愛されて育つこと。  羨ましいとか、悔しいとかは全くない。そんな人間的な感情は、羽沙の体からとっくに抜け落ちている。  どんな両親の元に生まれたかで、人生はまったく変わってしまう。 (あ、ダメだ……。頭痛がする……)  家のことを思い浮かべただけで、頭がキーンとしてきた。  物心ついた時から、父の暴力と母の暴言に苦しめられてきた。  父は、言動がクルクルと変わり、ずっと振り回されてきた。  羽沙を殴ったあとで泣いて震える娘を抱きしめて、『大好きだよ』と言うのが常だった。痛いのに喜ぶわけがないと、ずっと理解できないでいた。  彼は多重人格だと医者から教えられて、妙に納得したものだ。だからと言って、許せるものではない。  完治不可で、一緒に暮らすことはやめた方がいいとの医師の助言で、役所の支援を受けられるようになり、晴れて離れて暮すことになった。  母は、娘を守ることもせず、父に迎合することだけを考えているどうしようもないクズだった。そして、何年も前に娘を見捨てて、自分一人だけいなくなった。だから、実は父よりも母を嫌いだったりする。  そんな家庭で育っているから、詩衣那のように誰かを好きになることはとても恐ろしい。  頭の中でキキキキィ……と不快な音がする。 (いけない……。このままじゃ……、記憶がなくなる。考えるな……、考えるな……)  必死に自分に言い聞かせる。  羽沙は、時々すっぽりと記憶が抜け落ちることがあった。  それは、過酷な日々から自分を守ろうとして自然と身に着けた防御反応らしい。  つまり、日常生活に支障をきたさないよう、嫌な記憶を頭が勝手に消しているのだ。だから、嫌なことを考えてしまうと、頭の中に高音のノイズが走り、その後の記憶が空白となる。  そのような症状が出るようになってから、羽沙の精神は安定し、普通の生活を送れるようになった。  でも、時折不安になる。記憶がない間の自分は、一体どこで何をしているのだろうか。
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