第六部 最後のループ

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 それから聞いた草平の話は、壮絶で星冬の想像を遥かに越えていたため、なかなか理解できなかった。 「僕と双子の弟、木平とは、生まれた直後に引き離されて別々の家庭で育っている」 「どうして?」 「当時うちには借金があって生活が苦しく、二人を育てる余裕がなかったからだと聞いている」 「経済的事情?」 「それだけじゃない。そもそも、双子は不吉な存在として嫌がられていた。双子を妊娠したと知った祖父母がどちらかを堕胎しろとおふくろに迫ったとか。さすがにそれは出来なくて、おふくろは黙って二人とも産んだんだ」  呆れた理由である。 「まあ、そういうわけで一人を養子に出すことになった。木平が選ばれたのは、後から出てきたからだって」 「なるほど」  出てきた順番で、その後の人生がまったく違うものとなる。気の毒である。  木平に草平への肉親の情が全く感じられないのが不思議だったが、彼には彼の抱えた闇があったんだと、星冬は何となく理解できた。 「一緒に暮らし始めたきっかけは?」 「木平がある事件を起こしたからだ。養子先で育てられなくなって、うちが引き受けることになった。僕もその時初めて自分が双子だって知った」 「それはさぞかし驚いただろ」 「驚くも何も、ずっと一人っ子で育ったからさ。今日から僕の弟と一緒に暮らすんだと言われて、青天の霹靂だよ。なかなか受け入れられるもんじゃない。でも、自分にそっくりなあいつの顔を見たら、双子だったんだっていやでも思い知らされた。それからは、両親の喧嘩が耐えなくなって、木平には腫れ物に触るような扱いで、親は何をしても見て見ぬふりだ」  草平は、嫌なことを思い出したのかウンザリしている。 「ずっと嫌がらせが続いた。お前は俺のお陰で実の親のところで育った。俺は殺されそうになったあげく、捨てられて苦労した。育ての親たちは毒親だった。俺は復讐をしたんだ。こんな感じで、延々と恨みの言葉をぶつけてきたよ。家庭内に余計な波風を立てないよう、我慢して表面上は仲良くしていたけど」  星冬は、育ての親への復讐という言葉が気になった。 「復讐って? 具体的には何かしたのか?」 「……」  草平が一層暗い表情になる。 「そんなに凄い事?」 「こんなニュースを耳にしたことはない? 両親を殺してバラバラにして、二人の生首をカバンに詰めて、その足で警察に自首した男児がいたって」 「え、なんか聞いたことがあるかも……」  当時は星冬も小学生であるが、連日テレビでニュースが流れ、それまでスパルタ教育を標ぼうしていた父が少しだけ優しくなったことがあった。  それだけ世間に与えた衝撃は大きかった。 「まさか、あれって」 「そう。木平がやった」  早川合美の切り取られた生首。  ギロチンで落とされた草平の生首。  そして、斬られた自分の首。  無理やり、頭の奥にねじ込んで封印していた惨劇の記憶が一気に甦って襲ってきた。 「ウグ……」  星冬は、急に気分が悪くなり、吐き気を催した。 「真っ青だけど、大丈夫?」  草平が心配そうに星冬の顔を覗き込む。 (俺は生きている。生きている。大丈夫。何もまだ起きていない。今、倒れるわけにはいかない)と、必死に自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。 「ああ、大丈夫だ。少し眩暈がしただけだ」  やっぱり聞かせない方が良かったと、草平は後悔した。 「今の話は全部ウソだ。ごめん。忘れて」  草平が見え透いたウソを吐く。 「気にするな。却って悪かった。また連絡する」  別れの挨拶もそこそこに、星冬はそそくさと引き上げた。  星冬は、家に帰ると、ネットで情報を漁った。 「当時、かなりセンセーショナルに報道されていたから、どこかに何かあるはず」  事件をまとめたサイトを見つけた。 『少年Aによる養親二名殺害バラバラ事件』  それをじっくり読む。  ――少年Aは、真夏の深夜、寝室で寝ていた両親の頭を、父親のゴルフクラブで殴ってたたき割った。死体をバラバラに解体したあと、首を持って警察署に出向き、自ら犯行を告白。  その後は長い期間精神鑑定を行い、13歳以下だったこともあり、少年矯正医療鑑別所へ送致。再教育を受けることとなる。  つい最近そこを卒業したが、この恐ろしい野獣が何の制約もなく社会に放たれることに、強い警鐘を鳴らしている。――  自分を育ててくれた両親を躊躇いなく殺したことにも驚くが、もっとも衝撃だったのが、体をバラバラにしたあと、二人の四肢8本を、まるでオブジェのように部屋の四隅に立てかけて並べたことである。それは、何かの儀式のような異様な光景だったらしい。  それもあって、かなり深い精神鑑定を受けることとなった。  鑑定結果は公表されていない。 「なんてことだ……」  少しだけ彼の境遇に同情を寄せていたが、綺麗に吹っ飛んだ。それだけでは言い表せられない事件である。 「狂気が彼を支配していたのだろうか。こんな奴が、まさか、こんなに身近にいたとは……」  彼なら、あれだけの惨劇でも難なく起こせるだろう。
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