第六部 最後のループ

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 しかし、ここは逃げるしか道はない。無理だと分かっていても、他に方法はない。 「とにかく、ここから逃げよう! あとは何とかなる!」  星冬は、早川合美に一声掛けると、出入口に向かって走り出した。 「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」  早川合美は、置いて行かれそうになって慌てて後を追った。 「お前ら、逃げ切れると思っているのか?」  木平は、余裕を持ってゆっくりと追いかける。 「キャー! キャー!」  早川合美の悲鳴が止まらない。  それによって、どこにいるか木平に丸わかりとなっている。 「やれやれ。サイレンを鳴らして逃げるようなもんだな」  木平は、それでも悠々と歩いて追いかけた。 「お前を助けに来た王子様は、とっくにお前を見捨てて逃げていったぞお」  精神的な揺さぶりを忘れない。 「ハァハァ……」  早川合美は、スタミナ不足ですぐに息が上がってしまい、立ち止まる。 「ほらほら、速く逃げないと追いついちゃうぞ」  木平は、早川合美をいたぶるように煽った。  早川合美は、追いつかれそうになると、気力を振り絞ってまた走り出す。 「どうせ、すぐに疲れてスピードが落ちる」  木平の予想通り、早川合美のスピードは、速いのは最初だけ。すぐに落ちる。 「じゃ、そろそろ本気だそうかな」  木平は、射程距離に捉えると、一気にギアを上げてトップスピードで走った。 「キャアアア! 来ないで!」  猛スピードで迫りくる木平を見て、恐怖にかられて泣き叫ぶ早川合美を見ていると木平はゾクゾクした。 「ああ、いいなあ。強い翼もいいが、こういうのも楽しめていい」 「来ないで! 変態!」 「ほらほら、追いつくぞー。ほーら、追いついた」  木平は、早川合美の肩を掴んだ。 「イヤアア! 放して!」  早川合美は、泣き叫びながら木平の手から逃れようともがいたが、がっちり掴んで離れない。その力は、あまりに強くて、肩がもがれるんじゃないかと感じるほどだった。  木平は、サバイバルナイフを手にしている。それを見ると、早川合美は生きた心地がしない。 「いやあ、お願い、刺さないで」  その願いを聞き入れたわけじゃないが、木平は刺さない。それよりも、姿を消した星冬を警戒していた。 (こいつはいつでも殺せる。それよりも、警戒すべき相手は星冬だ)  星冬は、近くの柱の影で二人の様子を観察していた。  両手には、近くで拾ったコンクリートブロックを持っている。木平が近くまで来たら打ち込んでやるつもりだった。  しかし、その前に早川合美が捕まってしまったので手が出せなくなった。 (くそ、人質を取られてしまった!)  これでは元の木阿弥。助けに来た意味がない。 (玉砕覚悟で向かうか、どうしようか)  なかなか決断が付かない。 (いや、ここは行くしかない! あいつが背中を向けたらやってやる!)  自分を必死に鼓舞する。  木平は、周囲を警戒した。 (早川合美を捕まえても出てこない。正義感の塊のような気持ち悪い奴だ。自分だけ逃げたとは思えない。どこかに潜んで俺の隙を狙っているんだろう。その隙ってのは、多分、俺がこの女を殺そうとする瞬間か……」  木平は、星冬をおびき出そうと、わざと隙を作ることにした。  早川合美に集中しているように背中を見せると、サバイバルナイフを大きく振りかぶって今にも刺す体勢をとった。 「今だ!」  星冬は、柱の影から飛び出して木平に向けてブロックを投げつけた。  弧を描いたブロックは、見事に命中した……かと思ったが、攻撃を予想していた木平が振り向いてすかさず蹴り返したので、「バコン!」と音を立ててあえなく床に落ちた。 「外した?」 「痛エエエエ!」  木平は、予想以上に足が痛くなり、悶絶して思わず手を離した。  早川合美は、すかさず逃げだすと星冬のところまで走った。 「ウワアア! 怖かった! 星冬君!」  結果的に成功した。 「先に逃げちゃったと思った! あのまま刺されると思った!」 「窮地はまだ終わっていない。すぐに向かってくるぞ」  木平は、痛みと怒りに震えながら、恐ろしい形相を星冬たちに向けている。 「やりやがったなあ」 「ヤバ! おい、今度こそ逃げ切るぞ。走れるか?」 「うん、頑張る! 今度は私を連れて行って!」  早川合美は、健気な感じを出すと、星冬の腕にしがみついた。  二人はそこから逃げ出したが、怒りでパワーアップした木平にあっという間に追いつかれ、壁面に追い詰められた。 「俺から逃げられると思うなよ。もう許さん!」 「勝手なことを言うな! それはこっちの台詞だ! 今まで俺はお前にさんざん殺されてきた。もううんざりだ!」 「さんざん? 何を言っているんだ?」  ループしている自覚のない木平は、星冬の言葉を理解できなかった。 「ははあ、適当な事を言って、この状況から逃れようとしているんだな。無駄だ! 無駄! それとも、頭が変になったのか?」 「どっちでも好きな方を取ればいいだろ!」  星冬は、半ばやけくそで言い返した。 「ハハ! だいぶ変になってきたな。俺は、お前のすかした態度がずっと気に入らなかったんだよ」  木平は、鼻で笑うと両手で固く握りしめたサバイバルナイフを向けた。  星冬は、早川合美を自分の背中に隠した。  お互いの距離は、1メートルも離れていない。少し手を伸ばせば、星冬の腹に当たるだろう。
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