第六部 最後のループ

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 星冬の全身が緊張で強張る。 (もうこれ以上頑張れない。ここまでか……)  諦めかけたその時、ものすごい風が自分と木平の間を横切った。その風でサバイバルナイフは遠くにすっ飛び、木平の体が後方に吹っ飛んでいった。 「な、何だ?」  軽やかな動きで助けてくれたのは羽沙だった。 「羽沙! どうしてここに? あ!」  星冬は、すぐにピンときた。 「あの怪文書を出したのは羽沙だな? 羽沙にはループの記憶があるんだな?」 「その話は後だ。それと、今の私は羽沙じゃない。千里だ」 「羽沙じゃなくて、千里? え? 羽沙も双子だった? まさか」  多重人格のことを知らない星冬は、勘違いした。 「そうじゃない。説明は後でする。今はあいつの相手をしなきゃならない」  千里は、立ち上がろうとする木平に向かうと、体勢を整える前にドロップキックをかました。  その勢いのまま、木平のボディを何度も蹴りつけ、顔を殴り続けて完膚なきまで叩きのめした。 「すげえ……容赦ない」  星冬は、感嘆しながらその様を眺めた。  やがて木平がピクリとも動かなくなった。 「死んだ?」 「いや。気絶しただけ。この程度では死なない」  星冬には、千里に訊きたいことが沢山あった。 「羽沙とは姉妹なのか?」 「そうじゃない。この体は羽沙と同じもの。主人格は羽沙で、私は羽沙の中にいる別の人格だ」 「二重人格ってことか?」 「そうだ。いわゆる解離性人格障害と言われるもので、羽沙に私の記憶は引き継がないし、私も羽沙の記憶を引き継がない」 「まったく別の記憶で動いているってことか」 「羽沙は、私の存在に気付いていない。自分の父親が多重人格で悩まされているが、自分も同じだとは思っていないんだ」  いろいろと複雑な家庭らしいと星冬は思った。  ずっと気になっていた怪文書についても訊いた。 「ハイダンチニイクナって怪文書を出したのも千里?」 「そうだ。私はこの男とループの中で何度も死闘している。廃団地に行けば、この男に皆が殺されると分かっていたから、何とか阻止しようとあの怪文書を涼真に送った。私にはループの記憶があるのに、羽沙は全然気づいていない。怪文書について聞かれた時に、羽沙は知らないと答えたが、私がしたことで羽沙は知らないからウソではなかった」 「ここに来たのは何故?」 「この男の目的は私だ。巻き込んでは悪いと思って、助けに来た」 「こいつの目的って、君を殺すことだったというのか? 俺たちを皆殺しにしたのも、そのため⁉」  星冬は、初めて真実を知って呆れた。 「そうだ。私を羽沙の中から引きずり出すために、他の人達を殺していった。だから、今度こそ犠牲者を出さないようにしようと思っていた。でも、なかなか羽沙と意識が入れ替われなくて、時間が掛かってしまった」 「そうだったんだ」  木平の恐ろしい目的を始めて知って、改めて震撼する。 「さっきから、何の話? ループって、何?」  自分もループしているとは夢にも思っていない早川合美は、話についていけない。 「オカルト部の話さ。聞き流していいよ」  ループについて知ると、自分が何度も殺されたことまで知ることになる。    ショックを受けそうなので、敢えて説明を避けた。 「うー、うー」  木平が苦しそうに呻いている。 「これからどうする?」  警察に突き出したいところだが、今回のループでは、誰も死んでいない。  おそらく、廃団地に勝手に入ったことをまとめて叱られて終わりになるだろう。それでは、木平を止められない。 「この惨劇を止める方法は、ただ一つしかない。この男をこの場で……」  千里の口から、冷酷な言葉が出る。 「ダメだ! そんなことをしたら、君が、いや、羽沙が捕まってしまうだろ!」 「じゃあ、何か方法があるか? このまま野放しにしたら、いずれまた殺されるぞ」 「うーん……」  有効な解決策が思い浮かばなくて悩んでいると、「僕に任せて欲しい」と、誰かの声がした。
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