第一部 告白

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 翌日、朝起きた瞬間から、羽沙(つばさ)の方がなぜか緊張している。 「やだ、なんで私が緊張するの?」  自分が何をするわけではないのに、変な気分だ。  外に出ると曇天である。この数日間はずっと天気が悪くて、いつでも降り出しそうな気配をしている。念のため、折り畳み傘を持参した。  放課後が気になって、上の空で授業を聞く。  詩衣那(しいな)と机をくっつけてお弁当を食べるが、詩衣那からその件に関して話題が出ない。羽沙からも何も聞かない。  詩衣那は、「週末の廃団地探索、上手くいくかなあ」とか、「懐中電灯はいるでしょ。あとは何だろう。おやつは持っていく?」とか、まるで遠足にいく子供のようなハイテンションで週末の部活動について話した。少し興奮気味なのは、放課後のことを考えて緊張しているのかもしれない。  肝心なことを何も聞かされないまま、昼休みが終わって午後の授業が再開した。  下校時間には雨が降りだしていた。  羽沙は、折りたたみ傘を片手に校舎の外へ出た。ザーザーと激しい本降りである。 「こんな日に雨か。雨の中で告白するのかな?」  雨は気分が落ち込むし、中庭には屋根がないので、傘を差してお互い会うことになる。不便だし寒いし、雰囲気もへったくれもない。告白向きではない。  気になったが、邪魔をするまいと一人で校門に向かう。 「あれ?」  星冬(せいと)と涼真が並んで帰っていく後ろ姿が見えた。 「行かなかったんだ」  星冬(せいと)が笑っている。 「まさか、詩衣那の呼び出しを告げ口して、あざ笑っているんじゃないよね?」  呼び出されても行く行かない自由はある。しかし、詩衣那を笑う権利はないはずだ。もしもそんなことがあったら、羽沙は絶対に許さない。  憎しみが羽沙の中で湧き上がる。 「ハ! 詩衣那は? 今頃どうしているんだろ?」  詩衣那は、雨の中で一人、来るはずのない星冬を待っているのだろうか。  考えただけで暗澹たる気持ちになる。  暫く考えて、中庭に迎えに行くことにした。  中庭に行くと、雨の中で傘を差した詩衣那が一人で立っていた。呼び出したものの、すっぽかされたようだ。  詩衣那が羽沙に気付いた。 「羽沙?」 「詩衣那……」  詩衣那は、今にも泣き出しそうな顔になって、黙って首を横に振って羽沙に伝えた。  その仕草に、羽沙は胸を掴まれた。まるで自分のことのように苦しい。 「きっと、雨のせいだよ。天気が悪いもん。そんな時は、恋愛する気分にならないものだよ」 「そんなもん?」 「そんなもん」  星冬は涼真と帰ったところまで言う必要はないだろうと、羽沙は黙っていた。 「風邪ひくから、帰ろうよ」 「うん……」  二人で肩を並べて帰った。  いつも元気な詩衣那が大人しい。こんなに凹んでいる詩衣那を見るのは初めてだ。 (大丈夫かなあ?)  翌日、詩衣那は風邪で学校を欠席した。  それだけじゃなく、失恋の痛手もあったに違いない。  詩衣那は、そのまま欠席を続けた。  廃団地探索の日まで姿を見ることはなかった。 「もっと早く迎えに行けばよかった。いや、そもそも星冬がすっぽかしたことが悪いのよ」  羽沙の後悔が星冬への怒りに変わった。
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