私の幸せ

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今日は待ちに待った結婚式。彼と出会ってからずっとずっと待ち望んだ日だ。ああ、この日のために努力したのだ。月並みだがここに至るまで穏やかなことばかりではなかったのだ。 彼と出会ったのは高校のときだ。当時の彼は決して派手な容姿ではなかったが幼さの残る顔立ちの中に理知的な眼差しが特徴の整った魔性的な魅力を持つ顔立ちであり、それでいて穏やかな気質であったためそれはもう老若男女問わずモテた。彼を見た私のクラスの担任がボソリと「歳の差はいくつまで大丈夫かな……」と呟いたときには寒気と危機感を覚え彼を遠ざけるよう工夫したし、一緒に下校するようになった初日にはよく彼と遊んでいたのだろうランドセルを背負った女児たちに囲まれ、一斉に睨まれたうえに値踏みをされたりしたのも懐かしい思い出だ。彼がとりなした後は私とも仲良くしてくれた可愛らしく利発的な子たちであったが。そんな似たような思い出だけでも10年間共に過ごすとさすがに数え切れないほどある。結婚が決まったとき、ついつい彼に笑い話としていろいろと暴露してしまった。話を聞いた彼は心当たりがあるのかないのか納得したり驚いたりコロコロ表情を変えていた。それでも彼には話していない、いや、話してはいけないことがある。 それは私がある人を彼の目に2度と映らないように消してしまったことだ。その人はあろうことか彼を陰湿な方法で自分のモノにしようとした。事実、完全ではないが彼はその人に文字通り四六時中こっそりと盗撮、盗聴、GPSのオンパレードで管理されかけていた。その仕掛けられた盗聴器をたまたま私が見つけそのあと全てを対処できたのが不幸中の幸いだろうーー。 ぼんやりしていると控えめに肩を叩かれる。振り返ればそこには着飾った新郎姿の彼と彼の母がいる。 ーーああ、本当に。 「良かった。本当によかったよぉ。ねえお母さん、そう思わない。すっごく格好良く決まってる。」 「そうねえ、馬子にも衣装、ってやつかしら。」 「確かに贔屓目はあるのかも。」 「なんだよぉ、2人してからかってさあ。」 ふふふ、と彼の母と私で盛り上がっていれば拗ねた口調で彼が割り込む。そしてふと彼の母が席を外したタイミングで彼は言葉を続けた。 「ーーでも、姉さんに喜んで貰えてよかった。あのさ、姉さんはおれが小学生の時に母さんと父さんが再婚していきなりできた姉さんだっただろ。あのとき本当は戸惑ってたしかなり無愛想だったと思う。……それでもいきなりできた弟を邪険にしなかった。心地良い距離を守ってくれた。あのとき母さんの邪魔したくなかったけど、やっぱり父さんに取られたようで寂しかったんだ。まあ、父さんおれにもすごく優しかったけど。そのあとも色々あったけど、県外の受験や今回の結婚だって背中押してくれた。だから、姉さんには感謝してるんだ。その、姉さんありがとう。おれ、彼女と一緒に幸せになる。」 まっすぐとこちらを見て感謝を伝えてくる弟に私は照れながらも笑顔で同じく感謝を彼に伝える。すると我に返って恥ずかしくなったのか顔を背け、あまり進んでいない時計を見ながら彼はぽつりと呟いた。 「父さんにもおれの結婚式見せたかったな。どこにいるんだろうな。」 じゃあ控室に戻る、と告げて彼もいなくなり1人になる。 私は思わずそこでしゃがみ込みうずくまった。やっぱり彼には決して言えない。 ーー現在、行方不明の私の父がどこで生きているのか私は知っていることも。 ーー行方不明になったのは私が盗聴器を見つけて少したった後だということも。 ーー父が彼に優しかった理由も。 ーーあの人が彼の母と再婚した本当の理由も。 ーーここまで私が彼に尽くしてしまった理由も。 ぜんぶぜんぶ言えるはずがないのだ。 バサバサッと鳩が飛び立つ音とその奥で微かに教会の鐘の音が、ファンファーレも続けて聞こえる。きっと弟の前の組の結婚式だろう。そうだ、前の組のように盛大に。いや、前の組よりも華やかにそして彼の幸せの一歩に拍手喝采を。 今日は待ちに待った彼の結婚式。ずっとずっと待ち望んだ。そして私が前を向く日だ。
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