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「何してるの?早く行こうよ」
ふと、彼女が手を引いてくる。そこで自分は、ドアの前に立ち止まったままだと気付いた。
「そうだね」
歩き出す。チラッともう一度ドアを見ると、もう彼はいなくなっていた。
彼の存在は消えたようだ。
彼の感情が伝わってくる。
ろくな仕事に就けず、初めての彼女も色々とおかしい。人生に悲観したところを、思わぬ形で解放された。
感謝の気持ちが自分に伝わってくる。
「じゃあ、今日もこれ、つけてあげるね」
リビングに置かれたテーブルと、隣同士に並べられた二脚の椅子。そのうちの一つに座る。彼女は満足そうに頷くと、手に持った手錠を自分の腕につけた。もう片方は椅子の手すりにつける。
一度、彼が彼女の料理から逃げたことがあるその罰に、彼女が始めた行為だ。好意に答えなかった彼を許すための妥協点だと、彼女は思っている。
仕事から疲れて帰った上に、まずい手料理を食わされる。彼がこの世から消えたくなるのも頷ける悲惨さだ。
「じゃあ食べよっか」
「うん。いただきます」
今日から、彼が生きるはずだった分までこの生活が続く。
思わず身震いした。
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