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「温泉に行かないか」
叔父様に唐突に誘われた。
麗かな春の日だった。
大粒の苺を摘み、まさに口に放り込もうとしていた私は、何を言われたのか判らず、一瞬動きを止めた。
「箱根の温泉なんだ。いい宿だよ」
叔父様はいつも通りの笑顔で続ける。
私は数回の瞬きの後に、真っ赤な苺をかじった。
口の中いっぱいに、甘味と酸味が広がる。
鼻から抜けていく香りを堪能しながら、残りをパクリ。
やはり苺は、福岡産のあまおうに限る。
赤くて、丸くて、大きくて、美味い。名前に偽りなしだ。
「どうだい、可南子くん」
「どうだい、も、何も」
私は次の苺を手に取り、叔父様を見ることもせず答える。
「私は温泉には行きませんよ。叔父様だって知ってるじゃないですか」
そうして二粒めの苺を味わう。
うむ、これもジューシーで美味い。
「そうなのだけれどね。今回の宿、なんと個室に専用の露天風呂が付いているんだ」
「専用の」
「そう、専用の露天風呂」
私が反応したのが嬉しかったようで、叔父様は同じ単語を繰り返した。
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