瑪瑙可南子の失せ物探し

1/40
前へ
/40ページ
次へ
「温泉に行かないか」 叔父様に唐突に誘われた。 麗かな春の日だった。 大粒の苺を摘み、まさに口に放り込もうとしていた私は、何を言われたのか判らず、一瞬動きを止めた。 「箱根の温泉なんだ。いい宿だよ」 叔父様はいつも通りの笑顔で続ける。 私は数回の瞬きの後に、真っ赤な苺をかじった。 口の中いっぱいに、甘味と酸味が広がる。 鼻から抜けていく香りを堪能しながら、残りをパクリ。 やはり苺は、福岡産のあまおうに限る。 赤くて、丸くて、大きくて、美味い。名前に偽りなしだ。 「どうだい、可南子くん」 「どうだい、も、何も」 私は次の苺を手に取り、叔父様を見ることもせず答える。 「私は温泉には行きませんよ。叔父様だって知ってるじゃないですか」 そうして二粒めの苺を味わう。 うむ、これもジューシーで美味い。 「そうなのだけれどね。今回の宿、なんと個室に専用の露天風呂が付いているんだ」 「専用の」 「そう、専用の露天風呂」 私が反応したのが嬉しかったようで、叔父様は同じ単語を繰り返した。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加