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隠蔽
「とりあえず、健太のスマホと……腕時計も回収した方がいいか……」
頭ではわかっていたが、体が動かない。脳の方で拒否反応が出ているようだ。智也は頭が痛くなってきたが――。
「おい。リビングの健太の死体を片付けろ」
ここで妙案が出た。純に始末を任せればいいと。智也の顔は自然と綻ぶ。
「それは無理だ。私には死体処理能力はない」
純はキッパリと言い放った。智也の顔はみるみる青ざめる。
「この後に及んで、命令拒否かよ」
声色に焦りが混ざる。
「命令拒否ではない。できないものはできないと言っている」
「それを命令拒否って言うんだよ」
智也は苛立ちを隠そうともせずに言った。純は無表情のままである。
「どうすりゃいいんだ……」
万事休す。このまま放ったらかしにするしかないのか。智也は顔を伏せ、懊悩する――。
「そうだ。いいこと思いついた」
俯きになっている顔を上げた。表情はどこか狂気めいている。
「純、お前、なんでも食うんだったよな」
「なんでも食うといった覚えはないが」
「これは命令だ」
純の言い分を無視して、智也は話を進める。
「リビングに散らばってる健太の死体を食え。布切れとかスマホとか腕時計みたいな、身につけてるようなものは食わなくていいから」
「わかった」
純はベッドから降りると、寝室を出ようとする。
「おい。服を着た状態に戻ってくれ」
全裸のままうろつこうとする純を、智也は引き止めた。それを受け、純は元のパーカーとジーンズ姿に戻る。
「それと、もうひとつ」
ドアノブに手をかけようとする純を、再度引き止める。
「食い終わったら、俺に報告しろ。あと、一欠片も残すな。全部食うんだ。わかったな?」
純は「わかった」と返すと、今度こそ寝室を出た。
「……本当に、食うのかな……」
「殺す」という命令ならば、人間とて抵抗はないはずだ。もっとも、戦争中やお達しといった、やむにやまれぬ事情があるという前提があっての事だが。
だが「食え」というのは話が違う。そもそも、そのような命令を下すものはまずいないし、ありえない。
食人という行為は、近代社会においてはタブー中のタブーとされているからである。
それでも純は命令を受け入れた。これに関しては、異議申し立てをしていなかったからである。
ただし、純はどんな命令でも拒むことをしなかった。現に、こんな事態になっているのも、命令を拒否しなかったからである。
「なんで奴はやたら従順なんだ……」
純に対する智也の態度は、とても丁寧とは言えない。おまけに、暴力をふるっている。それなのに、純は智也の言うことなすこと、全て受け入れた……。
思考を巡らしているうちに、背中に冷たいものが走るのを感じた。
「なんにせよ、早く健太を片付けてもらわないと……」
今の内になんとか手を打ちたいのだが、何も浮かばない。ひとまず様子を見るしかない。純があらかたカタをつけてくれるなら、それでいい。
なにせ、リビングに立ち入れない状況だ。少しでもマシになってくれれば、それでよかった。
「……本当に、やってくれてるんだろうか。実際やってるとしたら、それはそれで……」
智也はリビングの状況が気になった。純は命令を実行しているのか。たとえ実行してくれたとしても、その瞬間は目にしたくないのだが。
「……行ってみるか」
智也は意を決して、寝室を出ることにした。
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