隠蔽

2/3
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 恐る恐る、リビング前へと歩を進める。こうして、ドアの前に立った。ドア越しからでは、中の様子を確認することはできない。  ひとまず、ドアに耳を当てることにする。そばだてているうちに、何かが砕けるような音がした。  その音を聞いた智也は、全身がおぞけ立つ。次第に脚が震え出す。立っていられなくなり、その場に座り込む。這いつくばった状態で、智也は寝室に戻った。  寝室に戻ったはいいが、何もする気が起こらない。ドアを閉めると、ただ、床に座り込んでいた。すっかりと、腰が抜けてしまったのである。  しばらく、ドアに寄りかかった状態で座っていた智也だったが、不意にドアが開く。寄りかかっていたため、後ろに倒れ込んでしまった。 「なんでそんな体勢になっている」  倒れ込んだため、純のことを見上げる体勢になっている智也。そんな智也を、純はいつもの無表情で見ている。 「今度から、寝室のドアを開けるときはノックするように」  智也は仰け反った状態で、純に話しかけた。 「わかった」  返事を返したあと、純はこう続ける。 「リビングの死体は、全て食べ終わった」  智也は仰け反ったまま、純の口元を見やる。口の周りは汚れていた。 「お、お前……本当に……」  智也は言葉を失った。まさか本当にやってのけたとは。全身の血が凍りつくのを感じる。  だが、震えおののいている場合ではない。まだやるべきことがある。智也は勇気を奮い起こす。ひっくり返っている状態から立ち上がると、リビングへ向かった。  ドアの前に立ち、ノブに手をかける。いつもは何の気なしに行っていることだが、今は緊張感が計り知れない。しばし、ドアノブを(ひね)るのに躊躇していた。 「えぇい!」  己に活を入れると、ドアノブを捻った。まずは、少し開け、隙間から様子を伺う。隙間からは死体は確認できなかった。 「よしっ」  智也は勢いよく、ドアを開けた。リビングには智也の成れの果てがあったはずだが、今は布切れがあちこちに散らばっているだけだった。  とは言うものの、床には血やら体液やらがこびりついている。 「うえっ」  智也はえずく。先程洗いざらいぶちまけたからか、さほど吐き気は催さなかった。それでも、気分が悪いのだが。  隅の方で、ぶちまけたものが視界に入ってくる。 「……最悪だ」  体液に吐瀉物。事件現場といっても、ここまでの大惨事はそうお目にかかれないだろう。智也は目眩がしてくる。  しかし、まごついている場合ではない。智也は深呼吸をする。息を整えた後、リビングの探索を始めた。 「まずは、腕時計だ……その前に」  一旦、リビングを離れる。まずは、キッチンに行く。  流し台の戸を開け、そこからビニール袋を出す。  袋を手にすると、キッチンからリビングを横切る。その際、惨状を見ないように務めた。適当なところにビニール袋を置いた後、再度離れる。  次に向かったのは洗面所だ。洗面台の下のに着いている戸を開け、中からゴム手袋を出した。 「掃除用だから厚手だけど……スマホと時計回収だったらこれでいいだろ」  ゴム手袋を手にしたあと、リビングに戻った。 ドアノブを回そうとするも、手が震えてくる。智也は一呼吸置いたあと、勢いをつけて、ドアを開けた。  ゴム手袋をはめ、腕時計を回収する。  ベルトは切れていたが、針は動いていた。  動く針を見ているうちに、心が針で刺されたような感覚を覚える。  智也は舌打ちをしたあと、ビニール袋に時計を入れた。 「あとは……」  探し物を再開する。周囲を注意深く見ているうちに、革のケースが目に入った。色はブラウンだが、血の汚れがある。形は長方形。ポケットに収まりそうなサイズだ。早速、それを拾い上げる。  ケースは二つ折りになっており、片側はカードケース、もう片方は全面黒光りしている。 「あった!」  思わず声を上げてしまった。お目当てのスマホが手に入ったからである。  早速電源を入れてみる。充電は四十パーセント。指紋認証であるため、ロック解除は出来なかった。 「四十パーもありゃ大丈夫か。どうせ使わないし」  スマホを回収すると、腕時計と同じビニール袋に入れた。 「時間は、八時五十分だったかな。まだ九時になってねぇのか……」  智也は、時間の流れが遅すぎるように感じた。健太と飲んでいる時間を確認していなかったのもある。それ以上に、色々なことがありすぎたからだ。 「この時間なら、行けるか」  智也は、外出の支度を整える。とりあえず、腕時計とスマホが入ったビニール袋をエコバッグに入れた。 「純、どこにいる」  ひとまず、廊下に顔を出す。純は寝室の前に立っている。 「……床の掃除をしてくれないか」  廊下に立っている純に、頼み込んでみた。 「掃除とはなんだ」  ここに来て、ピントがズレた質問が飛んできた。智也は大息を吐く。 「言い方を変えよう。今から用意する布で、床に着いた血だの体液だのを吹いてくれないか。汚れたら、バケツに入ってる水で洗うんだ。それくらいならできるだろ」  智也は純の顔を見た。口の周りは、汚れたままだった。 「それから、口元もふけっ」  純は「わかった」返すと、口元を手で拭った。そうしたのちに、リビングに入る。入れ違うように、智也は洗面所に向かった。  バケツと雑巾は洗面所にあるのだ。バケツに水を張り、雑巾をバケツの縁にかけると、リビングに持っていく。純にバケツと雑巾を渡すと、智也は玄関に向かい、家を出た。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!