116人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ~第一話 lost cats
都会の街明かりは、星を消し去る。
空にはせいぜいオリオン座ぐらいしか確認できない。
街灯に照らされた歩道には、イチョウ並木の葉が無数に落ちている。
なにか生き物でも過ぎたかのように、舞い上がるイチョウの葉は、北風の通り道を示している。
いつもの、寒い寒い冬の夜のこと。
そこは、夜の駅前繁華街だ。
駅の改札から帰りを急ぐ人々が繁華街にちらばっていく様は白波が染み込んでいく砂浜のよう。
みんな寒さで肩をすくめて歩いている。
そんな人々の足元で、何かが動いている。
小さなコート、ジャケット、ブルゾン……。
沢山の小さな服が、人々の歩行を器用に避けながら歩いていた。
猫だ。
沢山の猫たちが、服を着て改札から出てきていたのだ。
よく見るとスーパーにも猫、靴屋にも猫、薬局にも猫。
パン屋の入り口には、自動ドアの横に猫用の小さな木の扉がついていて、ひっきりなしに猫の出入りがある。居酒屋には猫用の椅子があり、ひと際寸法が高い。マタタビビールやカリカリといったメニューが連なり、人々と服を着た猫たちが酒を飲みながら語らっている。
そしてその猫たちは一様に皆、小さなピアスを付けていた。
西暦ニ〇三X年。AIの発展により様々な文化革命が起こった。
頭脳労働の大部分はAIに任せる形になり、人々の仕事は顔を合わせる話し合いや会議が主になっていき、人類は夢を語り、想像し、設計し、それをどんどん実現していった。
スマホは過去の遺物になった。
投影技術の発達により、目の前に実体の無いスクリーンを作り出せるようになった。パッチシール型の小型の投影機に、カメラやセンサーが組み込まれ、自分だけの映像を鑑賞したりネットを閲覧できるようになったりした。
パッチシール型投影機を、耳下や耳たぶに貼ることで、電話機能は骨伝導を利用した通話ができるようになった。
分岐点となったのはスマホからパッチシールに変わって1年後のことだった。
ある大企業が言語問題を根本から解決すべく、パッチシールの通話機能にAIの分析と情報収集能力を加えた。パッチシールから拾った音声を元に世界中の言語をイチから収集し学習するAIが、どんな言語でもどこの方言でも世界中の人間が重ねて会話をすることで、パッチシールを付けている人間の言語に翻訳する機能を付けたのだ。
このパッチシールのことを『@スピーカ』と言う。
@スピーカは会話による人種間の誤解や小競り合いを無くし、お互いの文化や風習を理解し、世界をより平和にしたとされた。
このシステムを開発した者は数年でノーベル平和賞を受賞したほど世界中で賞賛された。
そんな世界を変えた@スピーカが登場し更に2年が過ぎた頃だった。
@スピーカは意外な者の声も翻訳したのだ。
「お腹へったよママ」
はじめてその音声を翻訳したのは、ニューヨーク在住の有名女優が飼っていたゴールデンレトリバーと言われている。
@スピーカは飼い猫や犬の言葉をも翻訳しはじめたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!