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体調も良くなり、いつものようにカフェで忙しく立ち回っていると オーナーから 近辺の会社へコーヒーを届けるお使いを頼まれた。
お昼は まだ暖かくて 歩き回ると身体がポカポカしてきた。
無事に届け終わった後、自動ドアを抜けて外に出ると 会社のちょうど陰になる場所で 華蓮さんを見かけた。
少し歳上の男性と一緒だった。
上司の人だろうか。
どうやら口論しているようで、華蓮さんが涙ぐんでその男性に詰め寄っていた。
私は 見てはいけないものを見たような気がして そのまま見つからないように帰ろうとした時、運悪く華蓮さんと目が合ってしまう。
華蓮さんはバツが悪そうに ふいっと私に背を向け、社内に入って行った。慌てて男性がその後を追いかける。
なんだったのだろう。ただならぬ雰囲気だったけれど…。
そう思いながら お店に帰る足を速めた。
***
カフェの営業時間が終わろうとした頃、華蓮さんが一人でやって来た。
私を見つけると
「少し話せないかな? 終わるまで待ってるわ。」
そう言って 近くのファミレスで待ち合わせをする事になった。
ファミレスは家族連れなどで結構 席が埋まっていた。
私は華蓮さんと向かい合ってソファに座る。
「ごめんなさいね、お仕事帰りに。」
申し訳なさそうに言う華蓮さんの目は 少し赤いように見えた。
「今日、見たでしょう?」
きっと あの男性と一緒に居た事を言っているのだろう。
私は 黙って頷いた。
「実はね…… 私 あの人と付き合ってたの。」
私は 驚いて華蓮さんの顔を見る。
だって、どうみてもあの男性は既婚者のようだったからだ。
「そう。結婚している人よ。私の直属の上司。わかっていて付き合ってたの。」
少し寂しそうに笑う華蓮さん。
「啓介には いろいろと相談にのってもらっていたのよ。
まあ 相談といっても 啓介はいつも話を聞くだけで、やめろだとか そんな事は一切言わなくてね。
それが有難くて 私は助かったんだけど。
……悪いことだとは 自分がよくわかってるのよ。
でも どうしようもなくて 辛くなった時 誰かに気持ちを吐き出したかったの。
そんな時 いつも啓介は聞いてくれたの。」
涙ぐんで華蓮さんは話す。
「いつの間にか 啓介に気持ちが傾いていって 啓介となら こんな辛い想いしなくてもいいのにって……。
でも そんなのずるいよね。
啓介に あの人との関係は終わらせるから 付き合って欲しいって言ったら、あはは…きっぱり断られたわ。」
私が知らなかった二人の関係が少し見えてくる。
「私ね 会社の部署を変えてもらう事にしたのよ。
今の部署じゃ、あの人と一緒だし このままじゃずるずる関係が続くだけだものね。
私が別れるって言ったら 今までは冷たかったのに 急に別れを嫌がりだしてね…。
言い合ってるところを 丁度見られたってわけ。」
ふふ、と 笑う。
「あの人の事も啓介の事も みーんな忘れて、新しくやり直したいのよ。
私 仕事も出来るし、けっこう 私って女としてもイケてると思わない?」
華蓮さんは 笑いながら言う。
私は 首を縦に振る。
「ありがと。 だからね あなたも… がんばって。
…啓介のこと 好きなんでしょう?」
髪をサラッと肩から払った時に 麗華さんの甘い香りが漂う。
「そんな……好きだなんて。」
私は口ごもる。
「啓介は…… なかなか難しいとは思うけれど。」
そう言って同情するような顔つきになる。
「あまり自分のことは話さないし、なに考えてるか分からない部分はあるしね。
ただ 私が知っているのは 啓介には 忘れられない人がいるってこと。」
私は 黙って聞いているしかなかった。
「こんな話…聞きたくないよね。 ごめんね、意地悪するつもりはなかったの。」
そう言って 華蓮さんは立ち上がりかけた。
「教えてください。啓介さんのこと。」
私は華蓮さんを引き止める。
聞きたくない、でも 知らないのも嫌…。
「わかったわ…。あなたには 少し嫌な話になると思うけれど、それでもいい?」
私は…… 少し悩んで こくりと頷いた。
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