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進んで残業もしたせいもあり、いつもより遅い帰り道。
店内の暖かさに身体が馴染んでいたので、余計に外の寒さが身に染みる。
一人きりになると どっと押し寄せる虚無感。
啓介さんと華蓮さんのことが 頭から離れない。
マンションの鍵を探してドアを開けると、いつものように うみが迎えてくれた。
お腹が空いたよね。いつもより帰りが遅いのだもん。
ごめんね…。と 呟きながら ご飯を食べている うみを眺めていた。
食欲が全くわかない。
啓介さんは まだ帰ってないようだ。
時計を何度も見てしまう。
いてもたってもいられず、上着も着ず マンションのエントランスまで降りて行く。
しばらく入口で待ってみても 人影も見えないので また部屋にエレベーターで上がってきた。
……なにやってるんだろ。
自分で自分が情けなくて涙が出てきた。
そのまま 玄関のドアの前に座り込んで、膝に顔を埋めた。
すると、エレベーターのドアが開いた。
「……どうしたんですか。こんなところで。」
顔を上げると、驚いている啓介さんの顔があった。
「なにかあった? こんな寒い所で。……とにかく中へ。」
啓介さんは 私の腕を掴んで 部屋のドアを開けた。
その時 啓介さんのコートから 華蓮さんと同じ 甘い香りがふっと漂った。
その瞬間 頭に血が登り、咄嗟に啓介さんのコートの袖口を掴んだ。
「……待ってたんです。」
下を向くなと啓介さんが言っていたので、目をみて言う。
涙がこぼれそうになり、袖口をぎゅっと握りしめる。
啓介さんは 表情を変えずに 私を見つめる。
そして袖口を握っている私の手に 自分の手を重ねた。
その途端に 啓介さんは怪訝な顔をする。
「熱い。熱があるじゃないか。」
そう言って 私のおでこに手をあてた。
啓介さんの手は とても冷たかった。
「風邪ひいたんじゃないか?暖かくして もう寝なさい。」
優しく言い聞かせるように言う。
そしてそのまま帰ろうとドアの方を向いた。
「いやです。……行かないで。」
我慢していた涙がこぼれた。
一粒 涙が落ちると、後は 堰を切ったように どんどん流れてくる。
啓介さんは 私をしばらく 黙って見つめていた。
そして そっと私の頬に手をあてる。
大きな手だ。
私は じっと啓介さんを見上げて様子を伺う。
『帰らないで…。』
込み上げてくる感情が何か分からないけれど、一人になりたくなかった。
啓介さんは何かを言おうとしているのか、唇が開く。
でも、そのまま言葉を呑み込んでしまう。
やがて 何かを諦めたように
「わかったから。とにかく、安静にすること。」
そう言うと コートを脱いだ。
うみは何かを察したのか、嬉しそうに 足元にじゃれ付きに行く。
啓介さんは 私に軽い食事を食べさせて風邪薬を飲ませた。
私は熱のせいなのか 今日一日の緊張が溶けたのか、啓介さんに見守られながら すぐにぐっすり眠り込んでしまった。
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