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1 転校生 小鬼菊子
3月の朝。今日の西讃岐山高校1年1組は、少しざわついていた。
教室の引き戸が開く。
いつもなら若い男性担任が、脳天気な笑顔で入ってくるのだが。
今日は、無表情。教卓の所へ来て、教室を見回した。
戸惑いながらも、日直が号令をかける。
「きりーつ、れー、おはようございまーす」
いつもならこここで、担任が、
「うむ。おはようでござる」
とか
「おっはー!」
などと、氷河期時代のギャグをとばすのだが。
今日は、畏まって
「おはようございます」
と礼をする。顔は、ギャグでなく本当に真面目な表情だ。
1年1組に緊張が走る。
「えー、今日は転校生を紹介します」
どよめく1年1組。
「転校生って?」
「先生、学年末考査も終わって春休み前の3月ですよ!」
「何か訳あり?」
生徒は脳内に浮かんだ「何で今頃?」を口々にしゃべりだす。
担任が、廊下で立っていた転校生を呼び寄せた。
小柄な女子生徒が、おずおずと教室に入って来る。色黒で目が大きい少女だった。
この高校の標準服は、ブレザーだが、転校して来たばかりで間に合わなかったのかセーラー服を着ている。それよりまして、目立つのは黒髪のツインテールだった。髪をまとめているのが頭頂近く、テールが耳より前に垂れている。見た目は変わっているけど、まあまあ可愛い。というのが、1年1組の生徒が、転校生を見た平均的印象だった。
慣例に従って、担任が黒板に転校生の名前を書く。
『小鬼 菊子』
いきなり、自己紹介を始める転校生。
「小鬼菊子です。隣の県から来ました。あの、あの……」
「どうしました。小鬼さん?」
「この学校に桃太郎の子孫の方は、いませんかああああ!」
学校中に響き渡る声だった。
この子は、見た目以上に変わっている印象を1年1組全員が持った。しかし、いきなりなんだろうこの叫びは?
「いきなりで、びっくりしましたが、小鬼さんは、人を捜しているのですね?」
「はい、桃太郎の子孫です!」
その問いに、1年1組の生徒は、一斉に一人の女子生徒に注目した。
窓際に座っているショートカットの女子。おもむろに立ちあがって菊子に言った。
「それって、僕のことかな。僕、吉備津桃子。よろしくね」
ほほ笑む桃子。はきはきとした物言いだった。眉が太くきりりとした顔立ち。その頬はほんのりと桃色をしていた。
菊子は、潤んだ目で桃子を見つめる。
「やっと、見つけた……」
菊子は、つぶやいた。
1年1組にとっては、イレギュラーな一日の始まりだったが、以降は自己紹介を終えた菊子が、生徒の中に入り平穏な日常になった。
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