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バスは、舗装されたつづら折の道を、ゆらゆらと上って行く。フェリーが去った後の港が、眼下に見えた。
「結構、くねくねと上るんだね。歩いてこの道は、マジ辛いし、時間もかかるなあ」
地図アプリで道を確認しながら、左六女は、隣に座っている菊子に言った。
「あの、山道でいいなら、違うルートはあります」
「え、そうなの。山道か……。後で、その道を確認できるかな?」
「はい」
バスが停車して、アナウンスが始まる。
『皆さまお疲れ様でございます。バスは只今、鬼ヶ島大洞窟入り口に到着いたしました。この洞窟は、桃太郎が退治した鬼がここに住んでいた、と言われております。里の人から奪った宝を、隠したとされる鬼ヶ島の大洞窟。ゆっくりとお楽しみください』
観光客の後から2人がバスを降りると、プロレスラーのような鬼の像がそこかしこに立っている。
「雰囲気は、確かに鬼ヶ島だね。でも、鬼の像がちょっとチープだ。コンクリートの像に原色のペンキを塗って。いかにも観光地って感じだ。私は、好きだけどね」
左六女と菊子は、観光客に交じって、洞窟の入り口に向かう。
「それがいいんです。まさかここに、本物の鬼が住んでいるなんて、誰も思わないでしょう」
「たしかに、このユルさが、鬼の緊張感を打ち消しているね」
『鬼ヶ島大洞窟』の入り口には、説明板がある。そこには、『桃太郎伝説』と言いつつも、かつてこの洞窟を根城として、人間の海賊が暴れまわっていた歴史的記録があると、書かれてあった。
「人間の海賊じゃありません。私たち鬼族です。いま観光客が入れるのは、洞窟のほんの一部なんです。この中に、秘密の通路があります」
菊子が、力説する。
「その、観光用の洞窟と、秘密の洞窟があって、繋がっているってのがすごいね」
そう言って左六女は、タブレットで写真を撮っている。この観光地は、撮影は、すべて許可されている。宣伝の意味もあるのだろう。
2人は、さらに観光客の後ろから洞窟に入った。洞窟内は、鬼が酒盛りをした場所だの、宝を隠しておいたところだのを、人形を置いて説明していた。普通に見た所では、怪しい所は見当たらない。100%濃厚な観光地だ。
左六女は、それでも物珍し気に、洞窟の様子を楽しんだ。突然、菊子が、左六女の服の裾を引っ張った。
「何? 菊ちゃんどうしたの?」
「あそこを見て下さい」
菊子が視線で示す。洞窟の奥の方に、鎖をはって、進めないようになっている場所がある。説明板には、『地獄の穴・立ち入り禁止』と書かれてあった。
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