夜、月まで翔けあがるためには

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 だのに……。 「はいはいそこ行くお兄さんお姉さんお目を拝借! アルデラ姐さんのダンジョン商店を本日もどうぞごひいきに! ほらイアンも声を腹から出す!」 「こ、このマギカ・ランタンはァ! 火種もいらなきゃ魔力もほとんどいらないハイコスパ商品! 暗闇を照らすだけじゃない、魔物も寄せ付けないマギカ・ランタン! ダンジョン探索の必需品だよ!!!」  何故かオレはダンジョンの中で商売をしていた。  商品を見ながらワイワイと騒がしい人間たちの前で必死に声を張り上げるオレに、随分場違いに露出度が高い、色っぽい双子のお姉さんが寄ってくる。 「あらぁボクったらイアンくんって言うの~? アルデラちゃん、この子おいくら~?」 「いっ!?」 「イアンは売りもんじゃないよサキュバスども。冷やかしなら帰った帰った」 ぎょっとして固まるオレの脇からアルデラが口を出してさっさとあしらってくれるが、目の前の男(人間)が「えっ、サキュバス? 魔物じゃん」とサキュバスたちのほうを見る。 「何よぉ、サキュバスは人間に友好的よお? 知らないのボウヤ」 「いや……兄ちゃん。そのランタンの魔物除け、ほんとに効くのかあ?」 「何よ、私たちみたいな高位の魔族には効かないだけよお。あんまり失礼だと誘惑しちゃうわよ」  怒ったサキュバスの双子が余計なことを言った男の腕をわざわざ胸で挟んで連行していくが、商品の争奪戦が酷くて誰も気にしちゃいない。 「肉野菜炒め弁当三つくれ。ところでアルデラ? このイアンとやらが着てる、勘違いした勇者みたいな金ピカのぺかぺかの格好は売り物かあ?」  この店に慣れた雰囲気の、しかし下卑た表情の女戦士が聞いてくる。服装を揶揄されてオレは赤面するが、「んー、まだ売り物じゃない」とアルデラは雑に応答して料理鍋の様子も見ながら接客をしている。女はなんだか大笑いして、「きみもちゃんと働きたまえ勘違い勇者くん」と更に揶揄しながらオレに弁当を早く渡すよう手の動きで急かしてきた。  そんな女のベテランっぽさとは真逆に、アルデラが応対しているのはダンジョン探索にもまだ不慣れそうな少年だった。ぎりぎり十六で成人しているオレよりも年幼く見える。深刻そうな表情でアルデラに告げる。 「硬質の、透明な殻に覆われた魔物に仲間が捕まってしまって……。あの魔物に歯が立つ武器はありますか。早くしないと」 「グラスプロテクトワームか。やらかしたねえ、あの魔物は初心者には厳しいよ」 アルデラはこちらを見ないままオレの腕をぽんと叩き、オレに会話を聞くように指示する。 「あの守りを貫く武器は……ある。あるけど、目ん玉飛び出るほど高いんだわ。プラス7の武具。このダンジョンの奥深くで七年力を蓄えた名剣とかね」 「お、お金ならじきに必ず」 「ダメだよ、うちはいつ死んでもおかしくない連中相手にダンジョンをさまよいながら一期一会の商売やってんだからね。いつでも即払い! 現金か、価値ある物品との引き換えだけだ。決まってんだろ?」 少年は可哀想に、真っ青な顔で返す言葉もなくうつむいている。 「だが」 アルデラはあのベテラン女戦士に意味ありげに目線を向けた。あの戦士は先ほどオレに向けた下卑たものとはまた別の、にやりとした不敵な笑みを浮かべて面白そうに聞いていた。 「そこにたまたまいる常連客を紹介するのはできるがね。助けてもらえるかどうかは、自分で交渉してくんな」 少年は降って湧いた希望に目を開き、「お願いします! 仲間のピンチなんです!」と土下座しかねない勢いで叫んでいたが、戦士に「はいはい」と引きずられて、二人は飲食用にアルデラが置いた机椅子のひとつを陣取って交渉をし始めた。  アルデラはにやっと満足げに笑うと、「ほらほら仕事」とオレに言ってまた忙しく別の客の対応を始める。あっという間に物事が解決して唖然としているオレの腕を、下からつつくものがいた。 「わ、ゴブリンだ」 「いー」 ゴブリンは奇声をあげながら紙皿と、ダンジョン内で見つけたのだろう青い花を差し出してきた。 「お、ネビュラブルームだ。アルデラさん、この花ってお金の代わりだと思って大丈夫なヤツですよね?」 「魔力が強いからヨシ!」 「大丈夫だってさ。カレーのおかわりな?」 「いー!」 ゴブリンは嬉しそうにぴょんぴょんする。
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