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その後アルデラはドラゴンのじいちゃんとやいやい言い合いながら、取り回しの良さそうなアイテムを自分の取り分として腕輪の宝石にしまっていた。
「そろそろか」
アルデラは呟く。俺は別れが近づいていることを悟って目を伏せた。
アルデラが回収した中には一足の靴があり、アルデラは自分でその靴を履くと、元の靴をオレが履くようにと押し付けてきた。
「アルデラさん、これって、シルフィステップブーツ……こんなもの貰うわけには」
「【ディケイステア】ではこんなもん作り放題だから良いんだよ。キミはこの空飛ぶ魔法の靴で【ディケイステア】を脱出して、自由になるべきだ」
ぎゅっと胸が締め付けられる思いがした。ホワイトドラゴンのじいちゃんも「それがええ」と頷いて、オレ自身もそれが一番良いのだと分かるため、何も反論できなかった。
好きです、と、いっそ言ってしまおうかと思った。しかし、この恋愛じみた感情の正体が尊敬にすぎないことはオレ自身が良く知っていて、このきらきらしたまぶしい思いをオレの浅ましい心で汚したくはなかった。
オレは、深く頭を下げた。
「アルデラさん、今日までありがとうございました」
「うん、こっちこそありがとうね。こき使われてくれて助かったよ」
「アルデラさんが助けてくれたおかげで、【ディケイステア】で成す術もなく死ななくて済みました。アルデラさんがオレを助ける義務なんか無かったのに」
「人として当然のことをしたまでだよ」
「料理全部美味かったし、商売も教えてくれて。オレ……オレ、本当に、初めて人間らしく生きた心地がしました」
「うん、うん。分かってる。良かったよ。だからキミは、もっと人間らしい心地をしながら生きてかなきゃいけないよ」
「尊敬……してます。短い間だったけど、オレ、アルデラさんのこと忘れません」
「良いんだよ。ちゃきちゃきアルデラさんのことを忘れるぐらい、楽しい経験をいっぱいしな」
顔を上げる。十日の短い期間では、この時間を引き延ばすほどの言葉も言えなかった。アルデラの金のひとみの中で星がまたたいていた。オレにとって、アルデラさんは希望を照らす金色の星の光だった。
小さなシルフィステップブーツに足を差し入れると、ブーツはオレの足に巻きつくようにしてサイズと形を変えた。オレの足にぴったりだった。もう、何もこの時間を留めるものがなかった。
「もう行きます。アルデラさん」
「うん、うん。幸せになりなよ、イアン少年」
「さようなら。……アルデラさん!」
「うん、さよなら!」
オレは第二百階層の外縁に出た。流石にオレが十日を過ごした第二十階層と比べると、深さは歴然としていた。けれど、空は変わらず見える。いつの間にか夜になっていた空に月が燦然と輝いている。
オレは――地面を蹴り、そして空を蹴った。
靴が空気を蹴るたびに、タップダンスのような乾いた軽やかな音が響く。冷たい空気を肺一杯に吸いながら、もがきながら、月に向かって翔けあがっていく。空気の精がオレを守ってくれた。
未練を断ち切るように、過去を断ち切るように、魔法の靴で飛翔する。身体を跳ね上げるようにして空を飛ぶ。【ディケイステア】の階層がぐんぐんとオレの下に消えていく。
絶対に、幸せになる。【ディケイステア】の大穴から飛び出したオレは、月に手を伸ばした。
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