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そんなことを続けて、私もあっという間に成人を過ぎた。反抗期もとっくに終わって、りんごを剥くのは父の誕生日の時だけとなった。
私も母も、そんな風に毎年歳を重ねていくものだと信じていた。そう、あの時までは。
「……すまん」
頭を下げる父の前には半分記入済みの離婚届。向かいには項垂(うなだ)れて涙を流す母。それを離れたダイニングで見守る私は、どこか感情が冷め切っていた。
少しして、母の欄も書いた離婚届けを手にして立ち上がった父を尻目に、私は台所へと向かう。まな板の上には今日買ってきたばかりのりんごが一つ。
私は包丁とりんごを一度手に取ったが、ふと刃をりんごに当てた手を止める。りんごを剥こうという気になれない。
父は、母と私を裏切ったのだから。
そっとりんごと包丁をまな板の上に戻す。ここでりんごなんか出したら、母はきっと泣き崩れてしまうだろう。母の味方につく以上、今後りんごの存在はこの家から消さないといけないと思った。
そっとビニール袋にりんごを入れた私は母の元へと歩き出した。今後のことも話合わないと。
もうきっとこの先の人生、私はりんごを剥かない。
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