VS勇者・3ラウンド②

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VS勇者・3ラウンド②

重々しく伝説の剣をぬき、恭しく天に向かい掲げながら、周りに背中を押されるまま、断れないというだけで魔王打倒を目指す、ふざけた勇者。 ほぼ自分の意志なく、流されているだけで、心ここにあらずだったのが、踊り子のキーと会って、しばらく二人で旅している間は、呑気で愉快にいられたと思う。 あのころに、もどりたいと心から願うほど、今の俺は問題を抱えていた。 そのうち仲間が増えていき、いつからだったか、記憶がぬけ落ちるようになったのだ。 大まかには一日の出来事を覚えている。 俺が困ったり、周りが不思議がることがないので、忘れた内容は、さほど重要なことではないのだろう。 それにしても、どうもピンポイントらしい記憶の内容が、きれいさっぱり消されて、まったく見当もつかない。 旅をするのに支障がないといっても、この悩みを誰にも打ちあけられず、一人で抱えこむのがツラかったし。 勇者の記憶機能に欠陥があると、絶対に知られてはなるまい。 魔王に弱みを見せるわけにも、人人を無闇に不安がらせるのも、もってのほか。 パーティーにも相談できなかった悩みが、もう一つ。 ほぼ夜は記憶がないので、睡眠した実感が得られないこと。 宿屋に入ったとたん、野宿でたき火を囲んでいる途中など、就寝一時間前から翌朝の旅出発まで記憶が丸丸なし。 一日の中で、夜の記憶消失が断トツに長時間。 いや、寝ているのだと思う。 翌朝、気力体力的には寝足りなさを覚えないし。 周りの証言では、宿の部屋やテントに一晩中、こもっていたというし。 ただ、精神的には休めていないようで、睡眠による回復ができないまま、なおのこと記憶障害がひどくなり、意識も混濁して。 日日、神経をすり減らすばかりで、内面がぼろぼろになっているような。 体の芯の疲れがとれないまま、長く旅をつづけ、その日は久しぶりに熟睡ができたようだった。 瞼を開けると、体の奥に巣食っていた倦怠感がきれいさっぱり消え失せて、久しぶりに、ふつうの目覚めの気分爽快さを。 そのわりに体は鉛りのように重く、指先を動かすのも億劫で。 「変だな?」と違和感を覚える間もなく「やっと目覚めた!」と抱きつかれた。 相手が白魔導師と知り、部屋を見回すと、格闘家と踊り子のキーもいる。 「まだ起きたばかりだから」と格闘家が白魔導師を退けさせ、俺の反応をたしかめるように、二三言葉を交わしてから、事情説明を。 キーが壁に寄りかかったままなのが気になりつつ、聞いたところ。 前の村に滞在していたとき、俺は村の女性から告白をされた。 「将来の約束まで求めませんから、一夜だけ、ともに過ごしてもらえませんか?」と。 「申し訳ないけど、心に決めた人がいるから」と丁重に断ったつもりが、恨まれたらしい。 で、まじない師に依頼して「わたしの夢を叶えるまで、起きれないようにしてやる」と呪ったという。 その村をでて、新しい町についたところで、呪いが発動して俺は昏睡。 白魔導師がすぐに原因を突きとめて、格闘家がまじない師を脅して、呪いを解かせたものの、なにせ依頼者の怨念がすさまじく、目覚めに一週間かかったのだとか。 なるほどと、内容を飲んだなら「心配かけて、ごめん」と白魔導師と格闘家に告げ、キーにもと顔を向けようとして。 ひどく咳きこみ、背中をさすって水を飲まされて「今はとにかく安静に」と宥められ、結局、三人に退出されてしまった。 「なんか、キーに避けられていないか?」と勘づきながらも、無性に彼と話したくてしかたなく。 といって、一週間寝こんだ体はままならず、ため息を吐いて、彼について物思いにふける。 自分の記憶機能に欠陥があると気づいたとき、キーにも話せなかった。 「勇者の威光にあやかって、女にモテたい!」というに「病気の勇者なんか使えなーい」と見捨てられるのではないか。 そう恐れたのもあるが、そのときはとっくに好意を自覚していたから。 前のように無邪気に兄を慕うようにはできず、やたらと臆病になってしまい。 毎回毎回、トラブルを起こしながら、懲りずに女遊び三昧。 病的に女ズキなキーが、俺を意識しないのは百も承知。 思いを打ちあけても気まずくなるだけで、下手したらキーはパーティーから離脱するかも。 万が一、結ばれたとして、俺と踊り子のカップル誕生を、果たして周りは手放しに祝福してくれるだろうか。 胃痛がするほど悩みが尽きなくては、一向に踏みだせなかった。 のが、キーがぱったりと女遊びをやめて、がんじがらめだった俺は、とたんに戦闘でバーサク状態になったように暴走。 暗い森で、一人であんあん自慰をしているのを目撃したら、もう歯止めが利かなくなり。 キーの股間に顔を埋め、飴を舐めつくすように、しゃぶりついた。 好意を伝えて、キーが応じてくれたら、体を重ねる。 きちんと手順を踏みたかったはずが。 肉欲に目がくらんだのを後悔しているが、でも、そのときは体内で噴火するような衝動に、どうしても抗えなかったのだ。 キーと過ごす夜だけは、ぐっすり眠れたのもあるし。 ただ、今は正体の知れない獰猛な衝動が湧いてこない。 一週間、ぐっすり眠ったことで、肉欲が失せたなら、睡眠の消化不良が原因だったのか。 なににしろ、もう肉欲に惑わされないとなれば、あらためて正気な状態で、思いを伝えたかった。 さんざん、キーがいやいやあんあんしたのを聞く耳持たず、むしろ興奮して股間を貪りつくしたあとでは、手遅れかもしれないが。 それでも。
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