VS勇者・3ラウンド⑤

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VS勇者・3ラウンド⑤

白魔導師の許可を得て、部屋に入ると、無地の白い服をまとったキーがベッドに座っていた。 挨拶しかけて、声をつまらせ、ベッドわきに。 だんまりの俺に、怯えたように見あげながら、口を切って。 「こ、こんにちは、勇者さま」 よそよそしい態度と物言いは別人のよう。 イタズラズキのキーなら「なあんちゃって!」と舌をだすのではないか。 期待するもむなしく、彼は目を伏せて「やっぱり、信じられません」と。 「俺みたいな、取るに足らない踊り子がパーティーの一員だなんて。 今も、とても勇者さまの顔がまともに見れないのに・・・」 白魔導師曰く、キーは勇者一行になってからの記憶を失くしたらしい。 いやいや、俺と旅する前から、女ズキトラブルメーカーでしたけど? こんな、恥じらう乙女のように、奥ゆかしく、しおらしくなかったですけど? そう、人格の豹変については、記憶喪失によるものではない。 パクが記憶を食べている最中に、格闘家が強引に頭から引きはがした、その影響と考えられるとか。 記憶を食べられた町の人に、人格が豹変した例はないし。 その代わりというか、途中で引きはがしたことで、戦闘に関する踊り子の能力や技、経験値は保たれたまま。 戦闘で仲間と足並みを揃えられるなら、まだ旅がつづけられる。 魔王打倒の道半ばでパーティーから離脱させるという、最悪な事態にならずに済んだのだ。 そう前向きに考えられなかった。 勇者をナンパのだしに使うほど、能天気に気安く俺に接してくれていたキーは、もういない。 今の彼は、勇者を盲目的に崇拝する、そのほか大勢と同じ。 彼は、俺のスキなキーではない。 キーの現状を目の当たりにして、つい絶望感に打ちのめされたものを、すぐに首をふり、気を取り直した。 人格が変わったからといって、キーはキーなのに、スキでなくなる、それでいいのか? 大体、結論付けるのは早すぎやしないか?と。 「・・・きみは本当に、俺ら勇者一行の立派な一員だよ。 だから、謙遜されると、すこし寂しい気もするけど・・・。 今はとにかく、なにも考えずに、ゆっくり休んで治療を受けてくれ。 記憶どうのこうのを抜きにして、キーには元気になってほしいから」 はじめは絶句したのを、どうにか挽回して、よそいきの勇者スマイルを向けると、キーはほっとしたようだった。 今はこれでいいと、自分を宥めて「じゃあ、お大事に」と部屋を退出。 扉を閉めたとたん、吐き気がして口を手でおおいふらふらしたが、すこしもせず扉からでてきた白魔導師に「焦らないで」と袖を引っぱられて。 「町の人の例からして、記憶はもどらない可能性が高い。 人格のほうは分からないけど、できたら、期待しないでほしいの。 『もとのキーがいい』と私たちが思いすぎると、今のキーが恐縮して、思いつめてしまうから。 一緒に旅をつづけたいなら、今のキーと長くつきあうことになるものと、半ば覚悟して。 もしかしたら、魔王を倒したあかつきに、女神さまが直してくれるかもしれないし。 せめて、そのことに希望を持って、キーにプレッシャーをかけないでもらえたら」 白魔導師のほうこそ、やたら焦って、まくしたてるのに違和感。 とはいえ、治療を担う者の注意となれば、聞き流せずに、一応、従うことに。
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