VS勇者・3ラウンド⑥

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VS勇者・3ラウンド⑥

翌日から、毎日欠かさず、診療所にお見舞いにいった。 もちろん、白魔導師の云いつけどおり、キーの過去について語らず、制限時間を守ってのこと。 格闘家の監視という制約があるなかで、キーに聞かせたのは、冒険の笑えるエピソードや、俺の勇者らしからぬ情けない失敗談。 はじめに一人で旅していたとき「盗賊に身ぐるみをはがされた」という裸の人を保護したら、翌朝、全財産や主要なアイテム、装備が盗まれていたこと。 懲りずに、そのあとも似たような被害にあったこと。 町ぐるみの魔物討伐に混じったとき、魔物用の罠にかかってしまったこと。 危険でない戦いで、とんんだヘマをして死に、棺桶になったことが、少なくないこと。 ボス戦で、とどめの一発を決めようとしたら、気負いすぎて外してしまい、そこから形勢逆転、全滅しそうになったこと。 委縮するキーの心を開かせるため。 また「清き美しき強い勇者さま」のイメージ払しょくのため、舌滑らかにべらべらと。 それにしたって、ネタが尽きないのに自分でも呆れたが「勇者さまって、意外とおっちょこちょいなんですね」と笑いを誘えたから万々歳。 「俺からしたら、意外ではないけど、白魔導師と格闘家がよほどしっかりしているから、立派なパーティーに見えるんだよ、多分」 「たしかに、格闘家さんが腕を組んで佇んでいるだけで、そばにいる人も威厳があるように見えますもんね」 自分で卑下しておいて、格闘家が褒められたのに、ややむっとする。 壁にもたれて、本を読む格闘家を一瞥してから「ほら、見て」と耳に口を寄せてこそこそ。 「格闘家のズボンの股間、紐が縛ってなくて、下着が見えてる。 ふだんから、紐を縛るのを忘れることが多くてさ。 いつも周りに睨みを利かして、気張っているから、案外、ああやって自分のことに無頓着なんだ」 震えながら口元に手を当て「誰も指摘しないんですか?」と云うのに「あの厳めしい格闘家に下着、見えてますよって云える?」と返せば、さらにツラそうに笑いをこらえる。 「まあ、といっても、俺も人のこと云えないんだけど。 ただ、人前にでるときは、その前に必ず、白魔導師が注意してくれるから。 あ、そういえば、キーも下着、よく覗かせていたよ。 まあ、キャラに合っていたから、誰も気にして・・・」 云いかけて、しまったと。 きるだけキーの過去の話をするなと、白魔導師に釘を刺されていたのに。 とはいえ「え?俺もですか?」とくすくすとしたので、つい調子に乗ってしまい。 「くく、勇者一行とあろうものが、男三人そろって股間を開けっ放しって・・・」 「はは、ほんとにな。といっても、俺もそんな育ちいいわけじゃないから。 勇者として品位を保つよう、白魔導師のご指導があって、らしく見えてるだけで。 村にいたころは、紐を縛ってないヤツの股間に手を突っこむ遊びをしてた」 「いやあ、キーは開けっ放しだったから、手を突っこみたくて、しかたなかったよ!」とほんの含みをいれつつ、冗談めかして笑ったのが、キーは目を見開き、息を飲んだようだった。 反応にぐらつきがあったのは、一瞬のこと。 「やめてくださいよお!」と俺の肩を叩くと、屈みこんで大笑い。 格闘家が注視しているのを察知し、やや頬を引くつかせたのを、すかさず消し「なんだよ!減るもんじゃないし!」と俺も笑いながら、じゃれ合った。 そうして、その日は和気藹々と過ごして、上機嫌なまま夕食に酒を煽り、格闘家にも飲酒を強要。 夜にでかける白魔導師に代わり、キーのお守りをするとかで、あまり酒を口に含まなかったが、夜ふけになって部屋を覗くと、床に倒れてぐったり。 頬をつねって起きないのを確かめてから、ベッドで眠るキーのもとへ。 あどけない寝顔を眺めながら、子守唄を。 必殺技の「勇者の子守唄」。 診療所一軒くらいの広さ、その範囲にいる人、動物や虫、魔物、あらゆる生き物を深い眠りに誘う技だ。 味方も眠らせるから戦闘向きでなく、ほかに使い道もなかったのが、まさか今になって役に立つとは。 「予定にない勇者の出入りがないか、見張って」とおそらく、白魔導師は診療所の人に頼んでいるはず。 彼らに阻まれないよう、我が得意の子守唄でおねんねしてもらおうと。 歌いおわってから、キーが熟睡しているのを確かめて、背中と膝の裏に腕を入れて持ちあげた。 もともと俺より体重がなかったが、治療する間に減ったらしく、病み上がりでも、かるがる。 外傷はなくても立派な病人。 そのことを痛感したとはいえ、歯を食いしばりベッドにもどろうとせず。 外にでると、キーを馬に乗せて跨り、ぴしり!と手綱を打ちつけた。 見張りのいないルートから山へと入り、奥へ奥へと。 馬を走らせること、二十分ほどで辿りついたのは山小屋。 山で仕事をする人や、迷った人が、緊急時に寝泊まりするところだ。 地面に下りて、馬をつなぎ、一応、あたりと山小屋に人がいないか確認。 念入りに見回ってから、馬に水をやって、キーを下ろして担ぎ、さあ山小屋へ。
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