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VS魔王⑤
勇者の首にナイフを突きたてて「命が惜しければ!」と要求してきたのは、なんと俺一人だけの魔界行き。
そりゃあ「はあ?」と声を裏返したものの、じつのところ、そう驚いてはいなかった。
白魔導師が魔王のスパイと自ら明かしてからというもの、ずっと引っかかっていたから。
洗脳して、白魔導師と恋人のふりをさせるのは、果たして勇者へのイヤガラセなのだろうか?と。
置いてけぼりの格闘家は「気が狂ったか!」と叫んだものを、白魔導師は俺を見据えたまま「やっぱり勘づいていたのね」と舌打ち。
「今の今まで認めたくなくて、魔王さまに聞けなかったし、探りをいれられなかったものの・・・うすうす、そうじゃないかと思ってたのよ。
だって、どう考えたって理解不能じゃない。
勇者とわたしを恋人のように見せかけて、魔王さまが一体、なにを得するのかなんて。
ううん、答えは単純明快だったけど、まさかと思って、端から可能性の一つに数えていなかったの。
でも、あんたのその『ああやっぱり』みたいな反応からして、いやでも認めるしかないようね。
そう、あんたへの当てつけだという以外、考えられない。
にしたって、キー、あんたは勇者一行とは名ばかりの、容姿も能力も月並みな、一般庶民の毛が生えたような、たかが踊り子。
魔王さまにとって蟻んこのようなヤツを、なんで気にしているのか、さらに謎は深まったけどね」
さっきより白魔導士は平静になっているとはいえ「月並み」「一般庶民の毛が生えたような」「たかが」「蟻んこ」とは辛らつな。
まあ、否定はしきれないし、けちをつけている場合でなく「分かっていて、どうして!」と問いつめる。
「あんたは、得意げに自分からスパイだとばらした!
よほど、魔王がほかのヤツに惹かれて、接近するのがイヤだったからだろ!
どうして俺なのか、俺だって、謎すぎるし、いい迷惑すぎるよ!
なにかのマチガイじゃないかと思いたくても、予想できてしまう!
俺が魔界に落ちたら、マグマで蓋をされるかもってな!
魔王のご褒美につられているんだろうが、結局、あんた、のけ者にされるかもしれないんだぞ!」
息つかず畳みかけようとしたのを「だから、賭けにでたのよ!」と怒声に吹きとばされて。
「あんたが云ったとおり、不安で不安で眠れない夜をどれだけずごしたことか!
世界征服が果たされたあと、わたしの処遇はどうなるだろうってね!
もちろん、直接、聞けはしなかったけど、魔王さまにはお見通しだったみたい!
あんたの密約について切りだしたら、そのことに感想も意見もなく、新たな命令をくだした!
そして成功したらご褒美をくれるとおっしゃった!
『副参謀にして、望むなら子種を与えてやる』って!
分かっている!分かっているのよ・・・!
密約を逆手にとって利用するため、わたしの弱みにつけいったのだろうって!
それでも、これしかないと思ったの!
魔王さまが約束守る確立は低いけど、わたしはわたしでこの一世一代の恋に、命を賭けてみたかったのよ!」
これまで、まだ理性的だった白魔導師が、ちゃらんぽらんな俺なんかに当てられて、自滅行為に走っているらしい。
くそ、いい気になって、賭けがどうこう熱弁するのではなかった。
いいや、悔いても、すでに遅しだ。
「さあ、どうするの!もたもたしていたら、戦いから離脱した魔物に発見されるかもしれないわよ!
勇者の死と全滅を免れるかどうかは、キー、あんたにかかっている!」
ナイフを抜こうとする手つきをしたのに、ぞっとして「分かった!分かったから!」と火口の崖っぷちへと。
「キー!」と泣きそうに呼びかける格闘家に「勇者のこと、お願いな」とぎこちなく笑いかえす。
もう片手で黒い水晶をとりだし「魔王さま、今です」と白魔導師が囁くと、一瞬で火が消えるように、マグマが空っぽに。
火口の底は深すぎて見えず、跳びこむ先はただただ闇。
生唾を飲みこみつつ「ごめんな」と格闘家に。
「この約束だけは守れよ」と白魔導師に釘をさして、火口に踏みだした。
指先の感覚がマヒするほど怯えきっていたが、ほんの好奇心もあって。
どうして、魔王が勇者ではなく、俺にこだわるのか。
火口の底の闇を抜ければ、その最大の謎が解き明かされるだろうから。
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