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久しぶりのばあちゃんの家
タクシーの運転手に行先の変更を告げている颯君。ばあちゃんの家、颯君が住むことになったのか。きっとばあちゃんも喜んでるんじゃないかな。
玄関前で車を降りる。ちょっとだけ家の前で佇んでしまう。なんか、ちょっと敷居が高いな。
「とりあえず中、入らない?」
颯君にいざなわれるように外構の玄関をくぐる。
「だいぶ、ご無沙汰しちゃったなぁ」
ばあちゃんの葬儀以来だもんね。
「だな」
颯君が鍵を開けてくれる。ばあちゃんの家の鍵、まだ私も持っている。小学生の頃、遊びに来たとき、いつでも入れるようにと渡されて以来ずっと。まだ使えるのかな?普通、鍵って替えるもの?
「鍵、そのままだから」
颯君が私の心の中を見透かしたように言う。
「さすがに鍵ぐらい、かけ替えようと思ったのだけど、茅早も持ってたかなって思って」
「返さなきゃだね」
「まだ持ってていいよ。そのうち変えるけど、そしたらまた新しいの渡すし」
「私に?」
颯君の家になったのなら、ここの新しい鍵を私が持つ必要はないじゃないか。
「ばあちゃんの家だから、茅早も持ってるべきかなって」
「颯君の家なのに?」
「ここはずっと、ばあちゃんの家だから」
ばあちゃんの家の鍵なら持っていていい?なんか、もうよく分かんないや。
ここは竜ケ崎の叔母が相続したはずだ。ばあちゃんの死後、酒々井、つまり茅早の父は一切の相続を放棄したと聞いている。祖母は私の父からすれば義理の母だったから、遠慮したんだろう。だからこの家は汐音の母のものだったはず。そこに颯君が住んでいるということは、退職金代わりにこの家をもらったということなのかな。もしかして、離婚の慰謝料?どっちにしろ、それは私には関係のないことだな。
「颯君がここに住むことになるなんて思わなかったよ」
「知らないやつに売られるのがちょっとイヤだったから」
「売る予定だったんだ?」
「らしい」
「この家も庭もこのままにしておくの?」
「俺一人じゃちょっと広すぎるんだけど、まぁ、少しずつリフォームとか始めてる。でも建て直しとかする予定はないかな」
「そうなんだ」
このままだと分かって、かなりホッとしていた。ばあちゃんの家はばあちゃんの家のままじゃなきゃって思ってて。そんなの私の独りよがりだとは分かってる。使い勝手がよくないところはあると思うけど。
「ちょっと換気したほうがよさそうだな。茅早、縁側の方、開けてくれる?」
懐かしい廊下、縁側の窓というより硝子の引き戸を開ければ、暗闇の庭が見える。多分、変わってないな。
「庭にまで手がまわってないわ」
「暗くてよく分かんないけど、変わってないよね?」
「そうだな。飯どうする?腹減らない?デリバリーでも頼む?」
「何もいらないけど」
そう言いながらも私のお腹がタイミングよく鳴いてしまう。どうして、いつもこうなんだろう?颯君の前ではお腹の虫が反応しやすい?
「とりあえずピザでいいか」
「そうだね」
ここは素直に甘えておこうか。颯君がピザやスナック類をオーダー。ビールだけならストックがあるからと冷蔵庫から冷えたそれを颯君が取り出してきてくれた。
「とりあえず先にビールでも飲んでる?多分、冷食なら何かつまみになりそうなものがあったはず」
「ホントに住んでるんだね?」
「住んでるよ。引っ越してきたばかりだけどね。この前、ネット環境だけはとりあえずなんとかして、自分の部屋だけちょっとリフォームした」
「ばあちゃんにネット環境は必要なかったか」
「基本アナログな世界だったから。ネットスピード、すげぇ遅かったんだよな」
「そっかぁ」
颯君からビールを受け取ると、いつも座っていた縁側についつい腰かけてしまう。颯君もビール片手に縁側にやって来る。立ったままビールを飲み始めていた。
「私、結局お見舞いに来れなかったからなぁ」
「ばあちゃんには会いたくなかった?」
「会いたくなかったわけじゃないよ。でも何か申し訳なくて」
「申し訳ない?」
「うん、ばあちゃんに勧められたお見合いで結婚したのに、離婚しちゃって。私が柴咲と結婚すれば、酒々井での私の位置づけも変わるかもってアドバイスもされたのにもかかわらず」
「なんだ、それ?」
「私が悩んでた時、ばあちゃんから酒々井の家で必要な存在だということを見せつければいいって言われたの。結局、失敗しちゃったんだけどさ」
ばあちゃんの期待には応えられなかったな。
「昔のことはよくない?それより、さっきのSSB商事」
「あっ、そうだったね。さっきはありがとう。ちょっと、あの人、しつっこいっていうかさ」
「あれって飲みに誘われてたわけ?」
「一度、一緒に飲みに行ったことがあったから。断っておけばよかったんだよね、最初から。新規の仕事につながらないかなっていう下心はあったから、つい」
「そこを付け込まれた?」
「そんな感じ」
飲みに一緒に行ったから、脈ありと取られたんだろうな。私に枕営業は無理だということは身に染みた出来事だった。
颯君は淡々と聞く態勢か。もっとダメだしでもされるのかと思ったけど、そんな感じにはなってないから、大丈夫そう。これなら話せそうだ。
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