ホタルの舞う中で

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 執行当日 「和明、いよいよだな」 「仕方ない……」 「ああ」 ポン バタン  ついにやってしまったか。また、いつか命令が下されるのか。いつも、このような気持ちなならないといけないのか……そういえば、彼女はどうしているのだろうか。何か理由があるのだろうか。どうしてあの場から突然にいなくなったのだろう。  美香は思った。  もう一度、あの人に会いたい。でも、もう会えない。私の命がそうさせてしまう。もう一度、強く抱きしめてほしい。そう思う。でも、それが運命なのかしら……  ある日、上司からの命令だった。 「和明君、収監室の様子を見てきなさい。」 「はい、この人達はいずれ執行されるのだろうか……」  美香は思う。 「私は一人ここにいる」  和明は気づいた。女性もいるのか。窓から何を見ているのだろうか? 何を思っているのだろう?  美香は呟いた。 「気を強くもたないと、薬を飲まなきゃ」  時の悪戯だった。そこにいたのは紛れもなく、小川であった女性だったのだ。 「え、君は」 「あなたは」 「どうして、ここに君が……」 「あなたこそ、どうしてここに……」 「僕は刑務官なんだ。まさか、君は……」 「そうです、いずれ……でも、私は無実です。犯罪に巻き込まれて、信じて下さい」 「それで、川であのようなことを言ったの?どうして、あの時に川にいたの?」 「私はあの時に逃げていました。でも、川が呼んでくれました。それであたなと出会えて」 「ここにいるということは……なんということだ」 「怖いです。助けてください」  僕はその場を離れることしかできなかった。もしかして僕が執行するかもしれないじゃないか。 「どうだったかね、和明君?どうした、元気がないぞ。まあ、仕方ないな。いずれ、執行する立場にあるからな。そう考えると複雑だよな。どうした、なんとか言いたまえ」 「申し訳ありません」 「そうだな、今日はゆっくり休みなさい」 「はい」  僕は助けてあげることはできない。時はいたずらどころじゃない。残酷じゃないか。僕はどうしたらいい…… 「和明君、悪いがまた見回りに行ってくれないか」 「それは……」 「どうしたんだ」 「いえ、わかりました」  そして、また見回りをすることになった。そして、そこに彼女はいるのだ。 「すみません。名前を教えていただけませんか?」 「ああ、僕は和明」 「私は美香といいます」 「この狭い部屋の中で、毎日のように和明さんのことを想っていました」 「僕も、いつか会えないかなと想っていたよ。でも、まさか……」 「そうですね。しかも、私はいずれにしても……」 「いずれにしてもとは?どういう意味かな?」 「私は病に侵されています。もう、助からないかもしれません」 「そんな馬鹿な、二重の苦しみじゃないか」 「そうですね、でも、そういう結果が待ち受けています。どちらが先に結果を呼ぶかすらわかりません」 「病はきっと良くなるよ」 「そうかもしれません。でも……」 「そうか……さっき窓から外を眺めていたのは、そういうことを考えていたのかな」 「いえ、単に空気を入れ替えようとしただけです。そういえば、そろそろ窓を閉めないと」 あ、ホタルが 「ホタルが部屋に入って来ましたね」 「今は夏か、夏であることすら忘れていたよ」 「和明さんも辛いですね」 「そうだね」 「もしかして……和明さんに」 「いや、そんなことはないと思う」 「あ、ホタルが多く入ってきました」 「そうだね、あの時と同じだ」 「ホタルが私達の周りを舞っているようです」  僕はいつの間にか、彼女をつつんでいた 「大丈夫ですか……他の刑務官の方から見られるのでは?」 「大丈夫だよ。ホタルがきっと、僕らを隠してくれるよ。もう少し、ここにいるよ。ホタルが消えてしまうまで」  幸いに僕は人事異動で他の職務についた。女性は数名いたが、でも、彼女は病もあった。はたして、彼女だったのだろうか?それは突然のことだった。 「和明、そういえば、近いうちにまた執行されるみたいだぞ」 「またか……」 「それが、どうも女性らしいんだ?」 「嘘だろ……」 「どうした」 「いや……」  その後 「和明、やはり執行してしまったよ」 「もう言うな……」 「そうだな、だが、黒くて長い美しい髪のきれいな女性だったよ。最後に、私は無実ですと、静かにそう言ったよ」 「だから、言うなと言っただろう……」 「ああ、悪かった、和明」  僕は一人、また川に来ている。思えばここで出会ったんだな。もう、あの時はこない。やはり、彼女は病より運命が先だったのだろうか? 幸いに、僕が執行したわけではなかったが、なんだ、この気持ちは……もう一年たつのか。あの時みたいに石でも投げて見るか。 チャポン チャポン 「え、美佳さん」 「和明さん、どうして?」 「君の事が忘れられなくてここに来た。でもどうしてここにいるんだ」 「事件の主犯が逮捕されて、私の無実を証明してくれました、判決の結果、無罪となり釈放されました」 「それは良かったじゃないか」 「和明さん、覚えていらっしゃらないのですか?」 「何を?」 「もう一つ現実があることを……」 「もしかして……」 「そうです、実はこの近くの病院に入院になりました」 「ここに来れるということは、良くなったんだね。でも、やはり少しやせたのかな?」 「それは暗闇と雲に隠れた月のせいです」 「じゃあ、もしかして?」 「そうです、私は延命治療をしていないので……」 「どうして……」 「助からないことがわかったこと、それと、また和明さんに会えるような気がして、願いが叶いました。小川と和明さんが私を呼んでくれました」 「いや、ホタルが舞ってきた。ホタルが呼んでくれたんだよ」 「そうですね……」 「なぜか、僕の周りには舞っていないよ。美香さんの周りだけだよ。あの時のように美しいよ」 「でも、私の周りだけではさびしいです」 「そうだね、二人の中を舞ってくれないかな」 「ほら、舞ってきました」 「僕達は祝福されているようだね」 「はい」 「最後に私だけを祝福してもらえませんか。私の全てを見て下さい。ホタルも恥ずかしいのか消えていきました」 「いや、舞い戻ってきたよ。美香さんの白い肌を照らしているんだ。透き通るように美しい」 「それはホタルが舞っているからです。和明さん」 「どうしたの……」 「ホタルが消えるとともに私も消えていきます。それでもいいですか……」 「美香さんが、それを望むならいいよ」 「ホタルにお願いがあります。もう少しだけ舞っていて下さい」  ホタルが消えていくとともに、隠れていた月が彼女の優しく安らかな笑顔を照らしていった。  ホタルの舞う中に僕たちはいた。  完
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