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日差しが眩しく、首筋に汗が伝い長い髪にまとわり付く。蝉の声がうるさいくらいに響き渡る午後。
橙子は久しぶりの帰郷で都会とはまた違った騒がしさに戸惑っていた。
懐かしさの中にも、なぜかチクリと胸が痛む。見慣れた景色や新しいビルが混ざり合う、混沌とした景色だ。
中学からの友人の菜摘とカフェで待ち合わせていて、その道すがらだった。
「久しぶり」
ふいに背の高い若い男性に声を掛けられ、橙子は振り向く。
まるで涼しい風が通り過ぎるかのような爽やかな笑顔。彼に見覚えは無い。
同世代くらいなので、知人だったか?と首を傾げる。
「ほらほら、中谷だよ」
と彼は続ける。
「え? ああ…」
と、橙子は曖昧に答える。
こんな好青年、忘れるはずも無さそうなのに…。
「覚えて無い? 久しぶりだから仕方ないかぁ…」
彼は残念そうに眉を下げると、目に入った橙子の左手の薬指のリングを指差した。
「結婚したんだ、そっか。おめでとう、またね」
と、一方的に言うと手を振って背を向けて去って行ってしまった。
『誰だったかなぁ?』
と橙子は思いを巡らせる。
*
待ち合わせのカフェに到着すると、数年ぶりに会った菜摘に先ほどの彼の話をしてみた。
菜摘は驚いた声で、
「え⁉︎ 中谷って、そんなはず無い…。橙子、ホントに覚えて無いの⁉︎」
言うと怪訝そうな顔をした。
「誰…だっけ…?」
きょとんと不思議そうに見返す橙子に菜摘は深刻な面持ちになる。
「そっか…今回は中谷の十三回忌だからさ…」
「えっ…⁉︎」
橙子は目を丸く見開く。
「橙子が覚えて無いってそれとなく分かってたけどさ、あんなに仲良かった二人だからさ…ほら…」
と、菜摘はスマートホンに写る二人の写真を橙子に見せた。
そこには、中学時代の橙子と、少し幼くはあったものの面影の残る、先程の中谷と名乗る人物らしき男子生徒が並んで微笑む姿があった。客観的に見ても距離が近く、かなり仲が良さそうに見えた。
橙子は思いを巡らせる。
あの青年は彼にそっくりだが、なぜか成長した姿だった。
「さっきの人、中谷くんに似てる…けど十三回忌だっていうのに、私達と同じくらいに見える大人の姿だった…そんなはず無いよね…?」
「男の兄弟がいたなんて聞いた事無いしなぁ…。なりすまし…? にしてもタチ悪い冗談だし、そっくりだなんて奇妙ねぇ…」
菜摘も首を傾げる。
**
カフェを後にした二人は、それからは菜摘が本来の目的としていた中谷の墓参りへと向かう事にした。
橙子の胸にモヤモヤとした謎が残るが、これが何か答えが見つかるキッカケになればいいとも思っていた。
途中でスコールのような急な雨に遭い、軒下で少し雨宿りをした。
一面に雨の匂いが漂う。
「参ったね…」
「でもほら、晴れ間が見えるし、通り雨かなぁ…?」
程なくしてパラパラと小雨に落ち着いた後に二人は目的地へと向かう事となった。
雲の隙間から青空が見えて、光の差し込む空に虹が掛かった。
「あ、虹だ。綺麗…」
と、菜摘は空を指差す。
見上げた橙子の頬には、涙が溢れていた。
まるで空が晴れるように、霧が晴れたかのように、橙子の記憶が蘇って来ていた。
そうだ。はっきりと、思い出した。
『あの時も虹が見えたんだ。
中谷君と一緒に空を見上げて、彼が
「ずっと一緒にいられますように」
と言ってくれて、二人で祈るように虹に願ったんだ。
その少し後に、彼は交通事故で帰らない人となった。
それから私の世界が一変してしまった。
私は、ずっと泣いて泣いて。
こんなに辛いなら、全て忘れてしまいたいと願った。
いつしか本当に大切な記憶まで失ってしまったんだ…。
本当は、忘れちゃいけなかったんだ。あんなにも大好きだった人の事を…』
橙子は俯いた顔を上げて言った。
「菜摘、私、思い出したよ…。二人で、虹に願った事を…」
**
木々には蝉の抜け殻がいくつも付着している。
墓石の前に花と線香を供えて、二人で手を合わせる。
『ごめんね、中谷君。あなたの事を忘れてしまったなんて…』
そう思うと、橙子の頬に再び涙が溢れていた。
ふと思い出す、今日街で会った中谷と名乗った彼が『おめでとう』と言ってくれた事を。
すると、彼女をフワリと温かいものが包み込んで、彼が微笑んでくれたような気がした。
彼は『またね』と言ってくれた。
橙子は胸に誓った。
再び彼に出会える日まで、恥じる事の無いように生きて行こうと。
ふと空を見上げると、空に掛かった虹は徐々に儚く消えて行っていた。
彼が見せてくれたのは、
夏の幻と、祝福と…。
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