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「わあー、いい眺め!」 洋館のバルコニーから夏の遅い夕暮れの景色を見て、7歳の玲香は歓声を上げた。 バルコニーから外を見るのは初めてではなかったが、まるで初めてその光景を見たように感激していた。 郊外らしく木々の緑が多い街並みは、夕陽の反映を受けて芸術家のパッションのように赤く染まっていた。 毎年背が伸びるごとに、バルコニーからの眺めは一人前の視界に近付いていった。 4歳の時は、バルコニーの隅に置いてあった木箱の上に乗って眺めようとして、祖母が青ざめた顔で「危ないからダメよ!」と止めたのだった。 庭に張り出したバルコニーは、魅惑的な庭と風景への飛び込み台のように感じられた。 ひと夏ごとに成長していく孫娘に、祖母はその成長を見守る絶好の役割と、目を細めた。 一日中相手をするわけではなく、祖母はピアノを弾いたり読書をしたりパッチワークをしたり、自分の普段の生活を送っていた。 その合間に、玲香とのふれあいの時間を持つのを忘れなかった。 日の傾いた庭で祖母がささやかな趣味の花壇の草むしりをしているところへ、玲香が庭用のサンダルを履いて降りてきた。 庭にある木々の1本が赤っぽい花を咲かせていて、その色が夏らしいと玲香は思った。 「これ、何ていう花?」 「きょうちくとうっていうの」 「きょうちくとう? 変な名前」 「その木には毒があるから、気をつけてね」 「毒?」 「そう。昔、この木の枝に肉を刺して焼いて食べて死んだ人がいたそうよ。枝を削ってお箸にして食事して中毒を起こした人もいるらしいの」 「キャー、怖い」 以来玲香は、キョウチクトウには一切近寄らなかった。この木のことは脳裏に突き刺さって、夏になって赤っぽい花を目にするとゾッとした。 漢字を習う年頃になると、キョウチクトウのキョウは「狂」であるような気がした。 洋館は2階建てで、幼い子供にとってものすごく広く感じた。両親と住んでいた3LDKのマンションの部屋と比べると、2倍も3倍も広大だった。 玄関の扉には大正ロマンを象徴するステンドグラスがはめ込まれ、玄関の外套かけは西洋の物語を思わせた。 客間はアンティークの家具やインテリアで占められ、大理石のマントルピースの暖炉が欧風の雰囲気の総仕上げをしていた。 玲香はクッションの聞いたソファの上で飛び跳ねて、祖母に怒られたものだった。 食堂では、6人掛けのテーブルに祖母と向かい合って座り、新堀の料理に舌鼓をうった。 毎日3時のおやつも、楽しみの一つだった。 夏らしく、シャーベットやアイスクリーム、かき氷と言った冷たいものが中心で、玲香は手作りのアイスクリームの味を生まれて初めて知った。 玲香の嬉しそうな顔を眺めながら、祖母はホットコーヒーを飲んでいた。 玲香は祖母が異国の貴婦人のっようにコーヒーを飲む仕草に興味を持ったが、祖母は「玲香ちゃんにはコーヒーはまだ早いわね」とあっさり玲香の興味を退けた。
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