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食事の時は大抵テレビをつけていたが、祖母のその日の気分でステレオでクラシック音楽を聴きながら食べることもあった。 家の中は静寂という壁で囲まれているようにシーンとしているので、何もつけていないと息苦しかった。 祖母は俗世間と距離を置きたがる性質で、テレビはニュースかドキュメンタリーくらいしか見なかった。 その日は珍しくバラエティー番組が放映されていて、祖母は時折クスクス笑ったりしていた。 つられて玲香が食事の手を止めて画面をよく見ると、それは羽織を羽織った人物がそばを食べているシーンだった。 その人物の背が妙に盛り上がっていると思ったら、そこにもう1人の人物が隠れていて、その人物が背後から羽織に通した手でソバを食べようとしていた。 しかし何も見えず勘で箸を動かしているので、なかなか上手にソバを口に運べず、見ようによっては滑稽だった。 「何なの、これ」 玲香の問いかけに、祖母は上機嫌で答えた。 「ニ人羽織っていう芸よ。芸って言っても、余興ね。以前おじいさまが生きてらした頃、会社の宴会でやっている人がいたわ。二人羽織用の羽織、家にまだあるの」 後で玲香はその羽織を見せてもらったが、小さい玲香が3人すっぽり入りそうだった。 風呂場もまた、玲香のマンションの風呂場の少なくとも倍の広さがあった。 子供の感覚では銭湯に匹敵するほどの大きさだったが、銭湯のような庶民的な雰囲気はなく、世間から孤立した静けさを湛えた場所だった。 大理石の浴槽が、格調高く世間の喧噪を拒否していた。 玲香は祖母と一緒に風呂に入った。 ある晩、2人でお湯につかっていると、風呂場の小窓に何かが張り付いているのが目についた。 小さなトカゲのような生き物で、玲香は気味悪く思った。 あれはヤモリよ。この家の守り神」 「えっ、あんな虫みたいなのが?」 「虫じゃなくて、爬虫類。シロアリやゴキブリを退治してくれるの」 大嫌いなゴキブリを退治してくれるならいいものなのかもしれないと、玲香はヤモリへの反感を取り払った。 それから主に風呂場でヤモリを何度か見かけたが、段々家の住人のように思えてきた。 洋館の中には仏間があり、祖母は毎朝仏壇に花や食べ物を供え、線香をあげて拝んでいた。 仏壇には祖父の写真が飾ってあり、ローマ数字の壁掛け時計のコチコチいう音が、あの世から見守っている祖父の鼓動のように聞こえた。
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