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幼い玲香にとって非日常的な洋館の魅力は尽きなかったが、その中で特に愛着があったのが彼女にあてがわれた6畳の洋室だった。
装飾の付いた手すりのある階段を登って2階に行き、廊下をはさんで数部屋あるうちの一室で、隣の部屋からバルコニーに出ることができた。
祖母と過ごす以外の長い時間、玲香は一人で遊んだ。
けれども実際には、彼女と同じくらいの年頃の女の子がいたと、玲香は信じていた。
夢と現実の境界をぼかす靄のようなその女の子について、玲香は顔も名前も思い出せなかった。
そこで、仮に亜理紗(ありさ)と名付けることにする。
玲香の記憶では、食事や入浴の時は祖母と2人きりだった。
亜理紗が現れるのは、玲香が一人でいる時に限られた。それも家の中
2人は一緒に歌を歌ったり、尻取りをしたり絵を描いたり隠れん坊をしたり、4~7歳の少女が家の中で楽しめる様々な遊びをした。
隠れん坊は断然亜理紗の方が得意で、玲香がすぐに見つかってしまうのに対して亜理紗はなかなか見つからず、ついに降参することもあった。
夜は9時に就寝することになっていて、祖母が「おやすみなさい」と言って電気を消していったが、消灯後の暗がりの中で亜理紗とヒソヒソ喋ることもあった。
しかし玲香の部屋で亜理紗が寝るわけではなく、朝になると亜理紗はいなくなっていたので、どこか別の部屋で寝ているのだろうと当時の玲香はぼんやり考えた。
思い返すと、亜理紗に関して奇妙なことがいっぱいあった。
玲香はおやつの時以外にもお手伝いの新堀にもらったビスケットなどのお菓子を机の引き出しにしまって食べていたが、それを亜理紗に渡しても亜理紗はなぜか食べようとしなかった。
6歳か7歳の時、世の中の物事が少しずつ分かってくるようになった頃、玲香は亜理紗に質問した。
「亜理紗ちゃんはいくつなの?」
「あなたと同じよ」
「じゃあ6歳?」
「うん」
「来年小学生?」
「そう」
「ランドセルもう買った? 何色?」
「あなたと同じ」
「じゃ、ラベンダー?」
「うん」
そんな具合に、亜理紗の返事のほとんどはこだまのようだった。
亜理紗は、いつの間にか現れてはいなくなる霞のような存在だった。とらえどころがなく、普通の人間らしさがないので空気に溶け込んでしまいそうだった。
意識を研ぎ澄ませて記憶の奥を探れば、こうして亜理紗の面影は浮かんでくるが、すぐにまた靄となって消えそうになった。
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