生宣る《いのる》

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 癌に侵された僕は、外科手術で内臓のあちこちを削り取った。化学療法で劇薬を投入し、体力は次第に衰弱していった。  化学療法後も劇薬を飲み続け、全身の痺れは酷くなり頭痛や吐き気は日常化する。  食欲も性欲も睡眠欲すらも失い、痩せ細った身体は日々、痛みと痺れと吐き気に耐えながら朦朧と彷徨っていた。  生き地獄とは、よく言ったものだ。  僕はもう、ここが自分の部屋なのか病室なのか、周囲に人が居るのか居ないのか、それすら分からなくなっていた。  ただ重苦しい全身を引きずり、行く当てのない暗闇を右往左往する。  喉は焼け爛れたように熱く、内臓は全て空っぽの布袋になってしまったようだ。  渇ききってペタンコになった布袋は、もう何の役目も果たさず、ただ虚しく暖簾のように外骨に引っかかって、ひらひらするばかり。  それでも僕は、死にたくなかった。  髪の毛は抜け落ち、カサカサに乾いた薄い皮膚の下には無数の赤黒い内出血が点在し、骨や関節の形がそのまま剥き出しになった痩せた体は悍ましい死臭を撒き散らすゾンビそのものだ。  にも関わらず、僕は死にたくなかった。  世にも醜悪で悍ましい姿に成り果てようが、凄まじい地獄のような苦痛が果てしなく続くだけの日々だとしても、僕は死にたくなかった。  どれほどの時間、僕は激痛に耐えながら生き地獄の暗闇を彷徨い続けていただろう。 『私共のために、お力を貸していただけませんか』  静かに水が流れるような穏やかな口調で、そう僕に話しかける声を聞く。  こんな僕が、誰かの力になることなどできるものだろうか。  僕は少し考えて、丁重にお断りした。 「お引き受けしたい気持ちは山々ですが、ご覧の通り僕の体は、もう半分以上腐って死にかけています。そんな状態ですから、残念ではございますが仕事をお引き受けする事はできそうにありません」 『体力を使う仕事ではございません。あなた様の中にある強烈なと願う力を、私共に、ほんの僅か、お裾分けしていただきたいのでございます』 「僕にできることでしたら、お手伝いさせていただきますが。僕は、どうすればよろしいのでしょう」 『ご安心下さい。あなた様は、ゆったり横になったまま目を閉じて下さい。あなた様が目を閉じることが、私共の依頼をお引き受けいただく合図となります』
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