第二章 俺の天使編

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「このからあげすっごく美味しい......」  すっごくという部分にものすごく力を込める大河に、遼はふふんと得意気な顔になる。 「俺の得意料理だからな」  もともと食べるのが好きな遼は、昔から料理が好きだった。一人暮らしを始めてから自炊をしているのでその腕に磨きがかかり、今日は大河に食べさせると思ったら特に気合が入った。主食のからあげと野菜サラダ、サラダだけでは栄養が心もとないのでかぼちゃの煮つけ、揚げと豆腐の味噌汁、炊き立てのお米、それをテーブルの上に並べ、美味しそうに食べる大河を目の前にして遼は満足げに微笑んだ。  目の前で、食べる姿も絵になる大河の整った顔が、夢中で自分の手料理を食べている姿に思わずため息を零しながら見惚れる。 (ていうか......この状況めっちゃ恋人っぽいじゃん)  そう思って、遼はふふっと顔をニヤけさせた。  大河の惨状を目の当たりにした遼は、一人暮らしをしている自分の家に大河を連れてきた。あのままほっておけば大河のことだ、論文に集中して時間を忘れ、また睡眠時間を削ってしまうだろう。その上あんな荒んだ食生活、生活の基本は食事派の遼には考えられない。寝不足の上、あんなものばかり食べているのを知ったら、論文の締切より体の方が心配で、いてもたってもいられなくなった。 「おかわりあるからいっぱい食べろよ」  美味しそうに食べてくれる大河が嬉しくて、にこにこしながらそう言うと、大河がジッとこちらを見つめてくる。 「青木......奥さんみたい」 「バッ!」  大河の綺麗な二重の瞳が愛しそうに細められる。反射的にバカッと口にしようとしてご飯が喉に詰まった。咽せる遼に大河がお茶を差し出す。一気にそれを飲み干して遼はハァと一息ついた。 「変なこと言ってないで、さっさとお茶碗よこせ!」  大河が言われた通り空になった茶碗を渡す。遼はそれを受け取ると台所に向かった。大河に背を向けて、赤くなった顔を収める為深呼吸する。 (すぐにキュンキュンさせやがって......これだからイケメンは!)  八つ当たりのように力を込めておかわりをよそう遼の姿を、大河はますます愛しそうに見つめていた。 「お前ベッドで寝ていいぞ」  お風呂上がりの大河に、ベッドの横に自分用の布団を敷きながら言う。 「なんで?」 「昨日一時間しか寝てないんだろ。そんな奴を床で寝かせてベッドで寝れるか」  論文の締切を考えたら明日からはまた睡眠時間を削ることになるかもしれないけど。今日ぐらいは大河にゆっくり寝てほしい。大河がお風呂に入っている間に、シーツも変えたしマットレスにもクリーナーを当てたからふかふかで気持ちいいはずだ。バッチリだな!とホクホクしていると、大河が不思議そうに首を傾げた。 「一緒に寝ないの?」 「へぇ......⁉」  大河のセリフに変な声が出る。 (こいつ......! 当たり前のように何をとんでもないことを) 「一緒なわけないだろ! お前がベッドで俺が床だ」  早くベッドに行け! と遼に押されて大河がベッドに腰かけると、シュンとした顔をする。 「青木を抱きしめて眠れると思って楽しみにしてたのに......」 「なっ......」  大河のセリフに遼は赤くなる。熱を持った頬がバレないように慌てて腕で隠す。キューンと子犬みたいな目で見つめられて、自然と体が大河の方に行こうとして遼はハッとした。大河を休ませることに夢中だったけれど、付き合っている恋人を自分の部屋に誘い、その上一夜を共にするって、いわゆるそういうことになってもおかしくない状況なのでは?と、急に気付いて遼は慌てる。 (ちょ、ちょっと待って、俺たちまだ付き合い始めて一週間しか経ってないのに)  大河とそういうことになるのが嫌なわけではない。遼だって近いうちにと思ってたりしたのだ。 (だけど、まだ心の準備が......) 「じゃあせめて、俺が床で青木がベッドで寝て」  パニックになっている遼の手を、大河が優しくとる。 (それはダメだ......)  大河に休んで欲しくてここに連れてきたのに。遼が戸惑っていると、大河が遼の手を包み込んだ。 「じゃあやっぱり一緒がいい。俺、青木を抱きしめながら寝たい」  そんな甘い瞳で見つめないで欲しい。一緒に寝ないと言っている遼の方がわがままを言っているような気になるから。 「何もしない、我慢する。だから一緒に寝よ......ダメ?」  我慢するって何を? そう思うのに、甘えた声を出されて気付いたらその手をギュッと握りしめていた。それに大河は微笑んで、遼を引き寄せる。腕の中に引き込まれるまま、遼は大河の胸に体を預けた。優しく抱きしめられて、二人の体がベッドに沈む。大河の体温に包まれ、その温かさが心地よくて勝手に瞳がとろんと蕩けてしまう。無意識に遼は大河の服をギュッと掴んだ。遼を抱えたまま大河が手を伸ばして、ベッドサイドに置いてあったリモコンで電気を消す。大河は遼を抱きしめて、目を合わせると幸せそうに笑った。 「おやすみ」  そう囁いて額にキスをすると、遼を胸元に引き寄せて大河は目を閉じた。トクトクと大河の鼓動の音が聞こえる。 (あったかい......)  抱きしめられると分かるけど、腕も体もしっかりと筋肉が付いていて遼をすっぽりと包み込んでしまう。見た目は細身なのに大河は着やせするタイプなんだなと思った。抱きしめる腕の男らしさを意識すると、急に胸がドキドキしだす。 (そういえば神崎とキスしたのって、あの合コンの日だけだな......)  大河は遼を見ると、すぐに抱きしめようとするけどキスはしてこない。遼は大河の服の胸元を少し引っ張った。 「ちょっとぐらいなら......何かしても......いいけど......」  そう言ってドキドキしながら遼は大河に引っ付いた。 「......」  だけど大河からの反応はない。 (なんだよ!せっかく勇気出したのに......!)  遼は恥ずかしくなってカァァァァーと赤くなった。 「ちょ、お前何か反応返せよ......って」  遼は起き上がると大河に突っかかるが。 (寝てる......)  すっかり大河は穏やかな寝息を立てていた。王子様のように麗しい寝顔が幸せそうに緩み切っている。 「もお......」  拗ねるような言葉を零しながらも、遼の顔に抑えきれない笑顔が広がった。スースーと聞こえる寝息が愛しくてその頭を撫でると、答えるように大河が遼の手に頭をすり寄せる。眠っていても遼の手が分かる大河が可愛くて嬉しくなる。  気が済むまでその頭を撫でた後、自分から大河の腕の中に入っていく。自分と大河にしっかりと布団をかけ直すと、遼はその胸に顔を埋めて目を閉じた。
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