第二章 俺の天使編

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* * * 「論文の進み具合はどうだ?」 「うん、青木のおかげではかどってるよ」  あれから遼は大河の研究室に通いつめていた。お昼にはお手製のお弁当を差し入れ、すぐに書類だらけになるデスク周りを整理整頓し、ほっとくと時間を忘れる大河に休息を取らせる。あまりに甲斐甲斐しい見事な世話焼きっぷりは、若干周囲を引かせるレベルだったが、今や理学部の廊下を二人が並んで歩くのもお馴染みの光景になっていた。 「明日の締切大丈夫そうだな」 「うん、あとこの文字資料をデータに起こして添付したら終わり」  大河が手に持っている資料を見せる。それは大河が計算式を書き込んでいるものだった。数日前何かを計算しているのを後ろから覗きこんだら、そこにはドラマでしか見たことがない難解な数式が書かれていて。あまりのすごさに「お前はガリレオか」と突っ込んだら「あんな偉大な物理学者にはほど遠いよ」と、実に興味深い方のガリレオで言ったのをガリレイで返されて戸惑った記憶が蘇る。  何はともあれ論文も完成間近で、ここ一週間ずっと大河と一緒に居れたし、大河の真剣な横顔や疲れてボーッとしてる顔とか寝顔とかを、こっそり写真に収めることもできた。そして何より終わったらどこかに出かけようと大河からデートのお誘いももらい、心もカメラロールも満たされて、遼はホックホクで大河の隣を歩いていた。気を緩めるとスキップをしそうな遼の前に、大河がすっと腕を出した。 「そこ段差あるから気を付けて青木......あっ......」  遼に気を付けてと言った段差に、大河が足を取られる。躓いた拍子に手に持っていた資料が散らばった。 (お前がこけるんかい!俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど)  心の中でツッコミながら、遼は散らばった資料を集める。 「もー何やってんだよ......」 「ありがと」  当然のように拾うのを手伝ってくれる遼に大河が微笑む。その嬉しそうな顔に、遼もふふっと笑顔になった。  その時。ザァァッーと強く風が吹いた。風に乗って資料の一枚が宙に舞う。それはふわふわとそのまま廊下の奥に飛んでいこうとする。 「あっ待てっ......‼」  それを捕まえようと遼は走り出す。 「青木っ! 走ったら危ないよ! 一枚ぐらいなくても大丈夫......」  心配する大河に遼は振り返る。 「バカッ! お前があんなに頑張って作ったんだ! 諦められるか‼」 「っ......!」  そう叫んで遼が走り出す。全力で追いかけるが、風に舞う紙の動きが不規則でなかなか掴めない。 「くっそ......」 (絶対捕まえてやる!)  遼はさらに加速した。 「みんな! その紙捕まえてくれっ‼」  換気のため廊下の窓が開けられており、それが更に紙の動きを読めなくさせていた。一人では無理だと悟った遼は、紙の進む方向にいる人たちに声をかける。だけどみんなも掴むことができない。すっかり遼は紙の動きに翻弄されていた。そのうち気付いたら、中庭の上にかかる理学部と経済学部の校舎を繋ぐ渡り廊下まできていた。いつの間にか大騒ぎになって、そこには人だかりができていた。 「青木先輩頑張ってー」 「もう少しだぞ!青木」  遼に応援の声援が飛ぶ。渡り廊下の真ん中に来たところで少し風の勢いが緩んだ。今まで前に進むばかりだった紙が、同じ場所で上にふわふわと浮かぶ。  今だ!そう思って遼は紙に飛びつく、ふわっと横に舞った紙を掴むため、遼は地面を蹴った。 (掴んだ‼)  確かに感じた手ごたえに遼は笑顔になる。 「え......」  だけど、見える景色がおかしいことに気付く。追いかけるのに夢中になりすぎた遼の体は、空中に飛び出していた。さっき勢いをつけるため蹴った場所は、窓のサッシだった。紙しか見ていなかった遼は、それが外に出ていたことに気付かず、窓の外に飛び出してしまっていた。 「青木!」 「キャーー」  その場に悲鳴が響く。
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