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一瞬の浮遊感を感じた後に、一気に体が落下する。
終わった、そう思った瞬間こちらに腕を広げて微笑んでいる大河の姿が見えた。
(ああ......人って死にそうになる時、走馬灯が見えるって本当だったんだ。俺の大好きな神崎の姿が見える)
そう思いながら遼はくる衝撃に耐えるように、ギュッと目を瞑った。
「..................」
ほどなくしてすぐに衝撃がやってくる。だけどそれは地面に叩きつけられる、というような衝撃ではなかった。誰かの腕の中に抱きとめられているような感覚だった。その腕がギュッと遼を抱きしめる。
(この腕......知ってる......)
遼はハッとして顔を上げた。
「青木......大丈夫?」
「............」
目の前に整いすぎた大河の王子顔が広がった。遼はパチクリと目を瞬かせる。
「かんざき......?」
「うん」
呼ぶ声に大河が頷く。遼はしっかりと大河に抱きとめられていた。
(もしかしてさっきの神崎は走馬灯じゃなくて本物......)
二階の高さにある渡り廊下から落ちた遼は、大河の腕に受け止められていた。いわゆるお姫様抱っこで。
「紙の面積の空気抵抗と、風速を考えたらここに落ちてくると思ってたんだけど、まさか青木が落ちてくるなんて」
ここで待っててよかった、と大河が嬉しそうに笑う。
「空気抵抗? 風速......⁇」
大河のセリフに遼の頭にハテナな浮かぶ。
「大丈夫?」
もう一度聞いてくる大河に、遼は自分の状況を思い出す。もし大河が受け止めてくれなかったら今頃どうなっていたか。今更ながら怖さが込みあがってきて、遼は大河にきつく抱きついた。首筋に顔を埋める遼を安心させるように、大河が頬を寄せる。その優しい仕草に、遼はホッとして深く息を吐いた。
「受け止めてくれてありがと......」
「青木が無事でよかった」
大河も安心したように息を吐く。強く遼を引き寄せ抱きしめてくれる温かな腕に、安堵感が心に広がる。大河は優しい仕草でそっと遼を地面に下ろした。
「あっそうだ! これ捕まえたぞ!」
一番大事なことを忘れていた。遼は飛ばされた資料を大河に見せて得意気に微笑んだ。
「青木......」
当の本人より、資料を守れたことが嬉しそうな遼の姿に大河が息を飲んで、そして眩しいものを見るように目を細めた。
「守ってくれてありがとう、俺めちゃくちゃいい論文書くね。約束する」
愛しさを隠そうとしないキラキラした笑顔で見つめられて、遼の頬がポウッと赤く染まる。
「おう。絶対だからな......」
照れながらそう言う遼を、大河が思いっきり抱きしめた。
パチパチパチパチ――――その場に拍手の音が響き渡る。
「神崎くんも青木くんも素敵......」
「もうこれ映画だよ、俺、感動した......」
「一生お幸せに......」
気付けば二人の周りには人だかりができていた。かなりの数のギャラリーを背負って、二人は中庭で抱き合っていた。
「あーあーまたあんなに目立って......」
騒ぎを聞きつけた宰は、その光景を見つめながら、仲睦まじい二人の姿に楽しそうに笑った。
* * *
「いや~大変だったけど無事に論文出せてよかったよ」
食堂でお茶をしながら満足げに遼が話すのを宰は聞いていた。
論文を提出して数日が経ち、すっかり遼も大河も落ち着いた生活に戻っていた。今度の休みはどこかにでかけようと話していて、遼は楽しみでここのところずっとご機嫌だ。
「確かに遼大活躍だったもんな、神崎もかなり助かったんじゃないか」
「ふふ」
大活躍、と言われて満更でもない様子で遼が笑う。何より大河の助けになったというのが嬉しくて、さっきから遼はにやけ続けていた。
「神崎って、ほんとすごいよな」
宰の言葉に、遼は深々と頷く。
「そうなんだよな、運動神経悪いのかと思ったら廊下から落ちた俺のこと易々と受け止めたし、細いかと思ったらけっこう筋肉ついてて俺を平気で抱えるし」
中庭でお姫様抱っこをされたのを思い出して赤くなる。本当にかっこよかった、と遼はうっとりと瞳を蕩けさせる。
「いやそれもだけどさ、知ってるかあいつの研究論文。内容がすごいらしくて、今度学会で発表されるって話だぜ。あいつまだ学生なのにすごいよな。さすが大学入試満点合格する人間は格が違うわ」
「え......」
宰の言葉に、うっとりと大河のかっこよさに浸っていた遼が目を覚ますように宰を見た。
「今......なんて? 学会発表? というか満点合格⁉」
情報量が多すぎて、一度では理解できない。
「お前知らなかったのか、次世代を担う天才って言われてるんだぞ神崎は。研究室だって学生なのに、個人で学校から用意されてるし」
この大学にいる人間ならみんな知ってるぞ~と笑う宰の声が遠くに聞こえる。宰の言葉に、大河の名前がついた研究室のプレートが頭を過ぎる。
「え、え......えぇっ‼ そんな だってあいつ、コーヒーに砂糖と間違えて塩を入れようとするし、ビショビショのまま風呂から上がってくるし、いい匂いするって俺の脱いだ服嗅ごうとするし、寝てるとき俺のことずっと離さないような、そんな奴なんだぞ!」
最後の方惚気になってると思ったが、宰は何も言わなかった。
「次世代を担う天才って......」
その時、入口の方が騒がしくなった。その声につられて遼はそちらの方に顔を向けて息を飲んだ。
「青木......」
大河が遼を見つけて、パッと嬉しそうに顔を輝やかせる。大河は黒のタートルネックに白衣を羽織っていた。その麗しい姿に周りにいる学生たちから黄色い声援が上がる。
(は、白衣......‼)
遼は思わずガタリと立ち上がる。イケメンに白衣という最強アイテム。あまりのかっこよさに遼は言葉を失った。
「カ、カメラ......」
遼がかろうじて零した言葉に、宰はスマホを構えると任せとけと頷いた。
「青木見つけた」
大河はにこにこしながら遼をギュッと抱きしめる。当たり前のように抱きしめられて、ようやく遼は我に返った。
「神崎お前! その顔面だけでもすごいのに! こんな超ハイスペックあとから付け足してくるなよ‼」
(俺はすっかり、ただのドジっ子イケメンだと思ってたぞ!なんだよ満点合格って、ほんといちいちときめかせてきやがって‼)
「何のことか分からないけど......俺すごいの?」
うんうんと遼は強く頷く。
「へぇ ほんと? じゃあもっと好きになった俺のこと?」
「っ......」
耳元で囁かれて息を飲む。
「ばか......」
(もともと大好きだよ!)
そう心で言いながら大河の頬をつねる。全然痛くない強さでつねる遼が可愛くて大河はますます笑顔になった。
「この前の論文ね、学会で発表することになった」
「すごいなお前」
遼のストレートな誉め言葉に、大河がくすぐったそうにはにかむ。
「実は今まで、参考文献がどこにいったか分からなくなったり、資料が見つからなくなったりして全力を出せなかったんだけど......」
(うん、失くしたんだな。あんなに本と紙を山積みにして、至るところで資料をぶちまけてたら、そりゃそうなるだろうな)
大河の研究室の状態を思い出し遼は思う。
「今回は青木が色々サポートしてくれたから初めて全力を出せたんだ。それに青木が応援してくれてるって思ったらいつもより気合が入って......だから全部青木のおかげ。ありがとう」
「神崎......」
心を込めて伝えてくれる大河の言葉に遼はジーンと感動する。大河の役に立ちたくて勝手にやっていたことだけど、こうやって大河の口から力になったと言われるとすごく嬉しい。遼が照れていると、大河が遼の手を取った。
「さすが俺の天使」
そう言って大河は遼の手の甲にキスをした。その仕草はまさに物語に出てくる王子様そのもので。あまりの麗しさに、見ていたギャラリーが騒然となる。
そのかっこよさを正面から受け止めた遼は、あっという間につま先から頭のてっぺんまで真っ赤になった。大河は微笑むとそのまま遼を腕の中に閉じ込めた。
「これからも色々サポートしてくれる?」
甘い甘い大河の声に。
「おう......まかせとけ......」
メロメロになりながら遼はうんと頷いた。
「馬鹿と天才は紙一重って、本当だったんだな」
宰は二人に聞こえないようにそう呟いた。
第二章 俺の天使編完
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