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「え、どうしたのこれ......?」
目の前には顔を赤くさせて、テーブルに突っ伏す大河の姿があった。
遼がトイレに行く前は普通だったのに、こんな少しの間に何が起こったのだろうか。そう思って遼は自分をこの合コンに誘った張本人である友人のを見た。何があったのか説明しろと、
視線で訴えると宰が頭をかく。
「いや~なんか急に神崎が一気飲みしだしてさ」
頭を掻きながら、宰が目の前のボトルを揺らす。
「このお酒割って飲む用なんだよね、アルコール度数二十パーセント」
そりゃ潰れるよね~と宰はハハハと笑った。
「ハァ⁉」
二十パーセントを一気飲み、それを聞いて遼は青ざめる。遼は慌てて大河に駆け寄った。
「大丈夫か......?」
「ん、......」
遼の声に大河が小さく反応する。
「水もらってきたよ」
「さんきゅ」
女の子が差し出す水が入ったグラスを受け取って、遼は大河に握らせる。
「ほら水」
「あ、りがと......」
律儀に礼を言って大河が水を飲もうとする。だけど数口飲み込むと、手元が緩んで残りを零してしまった。遼はおしぼりを取って、零れた水で濡れた大河の手元や洋服を拭く。その甲斐甲斐しい遼の様子に周囲は呆気にとられる。
「ごめ......」
「ううん、いいよしんどいんだろ」
遼は言いながら大河の背中を撫でた。その優しい声と掌に大河がこちらを向く。トレーナーの胸元も濡れていて、遼はそこにもおしぼりを握る手を伸ばした。
その手を大河が掴む。大河は遼の手を包み込むようにギュッと握りしめた。え、と思って遼は顔を上げる。すると目の前に大河の顔があった。
「っ......」
近くで見れば見る程、整った顔に遼は息を飲む。くっきりとした二重の、綺麗な優しい大河の瞳が遼を見つめていた。長い睫の奥にある瞳はどこか熱を帯びていて、その瞳に真っ直ぐ見つめられ顔が赤くなりそうになる。遼は慌てて大河を突っぱねようとした。だけど、それより早く大河の手が伸びてきて遼の頬に触れた。
「かわいい......ね」
そう言って大河がふわりと笑う。その笑顔と言葉に遼の心臓がトクンと跳ねた。
その仕草、その言葉は――――――
遼は隠しきれず頬を染める。遼の反応に大河が嬉しそうに目を細めた。赤く染まる頬をそっと指先が撫でる。大河の顔が近づいた、と思ったら、その唇が遼の唇に重なった。
大河にキスをされている。
驚く間もなく、頬を撫でていた指先が耳に触れた。
「っふ......」
柔く形をなぞられ、耳たぶをくすぐられて思わず息が漏れた。その拍子に薄く開いた唇に、大河が舌を差し入れる。キスを深くする大河にチュッチュッと舌を吸われ、まるで脳が溶けていくような感覚に襲われる。勝手に体から力が抜けていって、遼は大河にされるままキスされた。
どれぐらいの時間だったのか、そっと唇が離れていく。
至近距離で瞳を覗き込むと、大河が両手で遼の頬を包みこむ。キスの余韻が残るとろんとした顔で遼は大河を見つめ返した。
(神崎の手、あったかい......気持ちいい......)
大河の温もりが心地よくて、その手に頬を擦り寄せそうになって、遼はハッとした。
「っ......!」
みるみるうちに頬が真っ赤に染まっていく。
(こんな場所で......キスされて俺は何を⁉)
人前で男にキスされて、その上気持ちよくなるなんて。
(いや......なってなんかない!き、気持ちよくなんてなってない......‼)
心の中叫んで、遼は大河を押し返そうとする。だけど目の前で大河が遼を見つめてとても嬉しそうに微笑んだ。その顔に、遼は押し返そうとした両手で思わず大河の服を掴んでしまう。
(あーくそっ!)
遼は心の中で大河を詰る。
(お前なんでそんなに俺の好みの顔をしてるんだよ......)
「神崎......お前」
にこにこと優しい表情で遼を見る大河に、胸が高鳴り鼓動を刻む。
(もしかして俺のこと......)
覚えてる?遼がそう聞こうとした時。
「はるかちゃん」
大河がそう言って、とても愛しそうに遼を見つめた。愛しそうに大事そうに、指が遼の頬を撫でる。
「......」
遼の思考がストップする。
(はるかちゃん......って誰?......なんだよそれっ‼)
遼は目の前の大河の顔を、思いっきり引っ叩いた。
「最低っっ‼」
そう吐き捨てると、遼は上着と荷物を掴んでその場から駆けだした。
(最低! 最低......‼ さいていっ......!)
一人暮らしをしている自分の家に帰ってくると、遼はクッションを握りしめてバンバンとベッドに叩きつける。
(神崎の奴! はるかって......俺を誰と間違えて)
遼はギュッとクッションを抱きしめるとベッドに倒れ込んだ。
(はるかちゃんって女の名前だよな......)
遼は強くクッションを抱きしめた。
(恋人いないって言ってたくせに、気になる奴はいるのかよぉ......)
胸が締め付けられて遼はクッションに顔を埋めた。思い出したくもないのに、大河の自分を見つめる熱っぽい瞳、頬に触れた指先を思い出してしまう。遼は自分の唇に触れた。
「っ......」
重ねた大河の唇の温もりが蘇って遼の体が熱くなる。
「......」
遼は強く手を握りしめると、数カ月前の出来事を思い出していた。
あれはまだ、夏の暑い日のことだった。
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