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ハァと無意識にため息を吐きながら、遼は教室の机に鞄を置いた。
「おはよー」
するとすぐに、昨日の合コンに遼を誘った宰が声をかけてくる。
「......はよ」
ブスッとした顔で挨拶を返す遼に、宰はニヤニヤと笑う。
「いや~昨日は派手にやらかしたね~」
「......」
遼は宰をチラッと見るが、昨日のことはもう思い出したくないので聞こえないふりをする。
「あの後神崎呆然としてたぞ。くっきり遼の手形頬につけて」
あれは痛そうだったな~と宰が腕を組んで思い出すように言う。確かに思いっきり引っ叩いてしま
った。跡になってるなんて大河は大丈夫だっただろうか。
思わず心配になってしまって、遼は首を振った。
「あれはあっちが悪いんだ!俺を女と間違えて......キスなんてするから」
思い出しただけで、胸がキュッと苦しくなる。
「......女と間違われたのが嫌で、キスされたのは嫌じゃなかったってことか......」
胸を押えて俯く遼を見て、宰がふむふむと小さく呟く。宰は遼の隣に座ると、体を近づけた。
「神崎、すっごいショック受けてたぞ」
「......そりゃ、人前で叩かれるなんて恥ずかしいだろ」
ショックを受けていたと聞いて、遼が言い淀む。大河だって男としてのプライドがあるだろう。人
前で思いっきり叩かれる姿を見られるなんて、恥ずかしいに決まっている。せめて突き飛ばすぐらい
にしておけばよかったかと、遼はまたハァとため息を吐いた。
「違う違う。神崎さ、遼と仲良くなりたかったんじゃないかな?」
「え......?」
今日初めて宰の方を見た遼に、ふふと宰が意味ありげに笑う。
「だって今回の〇○学院との合コン、女子から神崎が参加するならって条件出されてたんだけどさ」
そんな条件が出されていたなんて。やっぱり他の大学でも大河のイケメン具合は有名のようだ。
「神崎さ、参加する代わりに遼を呼んで欲しいって言ってきたんだぜ」
「俺を......」
(神崎が俺を? なんで......)
遼がそう思った瞬間、ガララッと大きな音がして、勢いよく教室のドアが開いた。
「青木っ......!」
「......神崎」
開いたドアの向こうから大河が姿を現した。教室にいた全員が、大河の方を振り返る。
大河は膝に手を当て、ハアハアと肩で息をしている。額に流れる汗を拭う姿が、まるで映画の主人
公のようにかっこよくて遼と周りは息を飲む。遼のいる経済学部から、大河が専攻している理学部
はだいぶ距離がある。もしかしてその距離を走ってきたのだろうか。そうとう急いだのか、大河が咳
き込んだ。大丈夫か?と駆け寄りそうになって遼はハッとした。
(ダメだ、これがこの男の手なんだ。こっちに心配させといて、気付いたら神崎のことばかり考えさ
せられる)
遼はギュッと拳を握りしめると、入口にいる大河から目を逸らした。
「っ......」
遼の反応に大河は傷ついた顔をするが、意を決したように遼の方に歩いてくる。大河は遼の隣まで
くると立ち止まった。
「......」
大河が自分を見つめているのが分かる。だけど遼は顔を上げられなかった。勝手に意識が大河のい
る方に集中する。大河から遼の反応に困っている雰囲気が伝わってきて、いたたまれなくなる。
思わず遼が口を開きそうになった時。
「ごめん‼」
神崎が遼に向かって思いっきり頭を下げた。
「昨日、あんなことしちゃって......」
どうやら神崎は昨日のことを謝りに来たみたいだ。遼に謝るために、こんなに息を切らせるまで走
ってきて。それを嬉しいと感じる、できることならすぐにでも許してあげたい。けれどどんなに謝ら
れても、この先大河と仲良くなれても、もう遼の気持ちが届くことはないんだ。
だったらもう、関わらない方がいい。
「佐々木......俺帰るわ」
「おい......!」
宰が止めようとするが、遼は鞄を持って立ち上がる。遼は大河の方を見ないように、前を通り過ぎ
ようとした。
「待って......」
「っ......」
その手を大河が掴んだ。
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