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「青木、待って......」
大河が強く遼の手を握り締める。だけど大河は振り返らない。
「お願い......」
切なげな声に、遼は大河の手をどうしても振り解けなくて、大河の方を向いてしまった。
「青木ごめんね、酔ってたとはいえあんなことして」
「......」
やっぱり大河の顔は見れなくて、遼は俯いた。
「俺なんかにキスされて......嫌......だったよね」
何故か大河が自分が言った言葉に、自分で傷ついた様子を見せる。
(違う......)
大河にキスされたのは嫌なんかじゃなかった。遼が嫌だったのはもっと別の事だ。だけどそれを大
河に言うことはできない。
「俺ね......青木のこと前から知ってたんだ」
大河の言葉に遼の肩がピクリと動く。その言葉に無意識で顔を上げると、大河が真剣な顔で遼を
見つめていた。そのあまりに真剣な眼差しに、遼は目を逸らせなくなってしまう。顔を上げた遼に、
大河が嬉しそうにはにかんだ。
「前に中庭で熱中症になっちゃって、青木が助けてくれたよね」
青木は覚えてないかも知れないけど、そう大河が呟いた。
(覚えてるよ、忘れる訳ない。だって俺はあの時神崎に恋に落ちたんだ)
意識が朦朧としていた大河が、まさか遼を覚えていたなんて。
「あれからずっとお礼が言いたかったんだ。青木を見かけるたび声をかけようとしてたんだけど、い
つも気付いたら声をかけるより先にいなくなっちゃってて」
「......」
それは俺がお前を見ると動悸が止まらなくて逃げてたからだよ、と遼は心の中で恥ずかしくなる。
「俺、俺ね。ずっとあの時見た、は......青木の笑顔が忘れられなくて」
変な間を開けてそう言うと、大河が遼の両手を握った。
「この手で俺のことずっと撫でてくれてたよね。はるっ......青木は本当に優しくて可愛い人だなって
思ったんだ」
今度は大河が、完全に途中で何かを言いかけて止めたのが分かった。
(あれ?ちょっと待てよ......?)
そう思う遼とは裏腹に、大河はギュッと強く遼の両手を握りしめた。
「俺、はるかちゃんのことが好きなんだ!」
ものすごく真剣な顔で大河は遼にそう言った。
「え......」
「だからキスしたのも軽い気持ちじゃなくて、したいと思ってたのがお酒で箍が外れちゃって」
「......」
「はるかちゃんのこと本気だから、俺と付き......」
「ちょ、ちょっと!」
どんどん気持ちがヒートアップしていく様子の大河を遼が止めた。
「はるかちゃん?」
遼は大河に聞き返す。
「あっ! ごめん勝手に。俺......普段心の中でそう呼んでて」
大河が恥ずかしそうに頬を染める。その姿を遼は、目を瞬かせながら見た。
「......はるかちゃんって誰?」
「..................」
たっぷりと間を開けて、大河が首を傾げる。
「あー確かにお前の名前の漢字、はるかとも読めるな」
手を握り合いながら見つめあう二人に、宰がスマホを見ながらのんびりとそう言った。
「......」
「......」
しばし無言で見つめあう二人。
「青木遼(あおきはるか)じゃないの?」
「青木遼(あおきりょう)だよ」
「あ......そうなんだ」
遼の言葉に、大河が照れた顔になった。
「青木遼か......」
遼の名前を噛み締めるように大河が呟く。大河は遼を見て、ふわりと笑った。
「いい名前だね」
そう言って嬉しそうに大河は遼の手を握りしめた。そのあまりにも嬉しそうな顔に。
「ぷっ......」
遼は我慢できず吹き出した。
大河はこんなにかっこいいのに、炎天下で空を見て熱中症になったり。何のお酒か確認もせず飲ん
で潰れたり、遼の名前を読み間違えたりと、想像以上にかなりの天然なのかもしれない。
くくくと遼が声を出して笑っていると、不意に遼を見つめている大河と目が合った。大河の手が伸
びてきて遼の頬に触れる。指先が遼の頬を優しく撫でた。
「やっぱり笑顔、可愛い」
「っ......!」
そう言って大河は満面の笑顔で笑った。
(こんなのもう......キュンとしない方が無理だ)
遼は頬に触れる大河の手に自分の手を重ねた。その手から、見つめる視線から、大河の気持ちが
伝わってくる。嬉しくて遼の瞳が潤む。
「ほら、ちゃんと言い直せよ」
言い方はぶっきらぼうなのに、甘えるように遼が大河の掌に頬を寄せた。
「言いなおす......あっ」
遼の言葉に少し考えた大河が、ハッとした顔をする。大河はもう片方の手も遼の頬に伸ばすと両
手で包み込んだ。
優しく遼を見つめる大河の綺麗な瞳に、遼はうっとりと見惚れる。
「青木遼さん、大好きです。俺と付き合ってもらえますか?」
「うん、いいよ」
大河の言葉に頷いて、遼も両手で大河の手を包み込んだ。目の前で大河の口角がものすごく嬉し
そうに弧を描くのに遼の胸が甘く震える。
「俺も......す、わぁ......!」
好きと言い終わる前に、大河が遼を思いっきり抱きしめた。
「ちょっ、好きぐらいちゃんと言わせろよ」
「だって嬉しくて」
長い腕で遼を抱きしめる大河を突っぱねる。だけど甘えるように大河が髪に顔を埋めてきて、すぐ
に抵抗できなくなった。大河の腕の中に抱きしめられて、自然と体から力が抜けていく。無意識です
りと胸元にすり寄ると、遼は安心するように息を吐いて大河に体を預けた。
「おめでとーーー‼」
その言葉をきっかけに、教室に拍手の音が響き渡った。
「え......」
聞こえた声に、遼はハッと顔を上げた。
(そう言えばここ......教室だった)
遼はおそるおそる周りを見渡す。そこにはけっこうな数の学生達がいた。
「神崎くんの生告白かっこいい......」
「末永くお幸せにな~~」
ヒューヒューと周りが大河と遼を盛り上げる。
「人前で神崎に好きって言わせるなんて......明日から有名人だな遼!」
にやにやと面白そうにこちらを見る宰。遼は今更ながら恥ずかしさに襲われて、真っ赤に染まった。
「ち、ちが......」
(いや確かに神崎に好きだと言わせたけど! それはちゃんと名前を呼んで欲しかっただけだし。ていうか俺の方が好きだし......ってそんなことじゃなくて!)
どうにかこの場をうまく切り抜ける方法はないかと遼が考えていると。
「みんな、ありがとう」
そう言って遼の肩を抱きながら、大河がにっこりと周りに笑いかけた。まるで婚約を発表した王子が、国民の祝福に答えるような爽やかな笑顔に、その場にいた全員が感嘆の息を零す。
「おめでとうだって、嬉しいね」
「......」
大河が遼に微笑みかける。その笑顔に遼の胸はときめいた。
穏やかで幸せそうな大河の笑顔を見ていると、照れや恥ずかしさより嬉しくて甘い気持ちが心に広
がっていく。きっと明日から大騒ぎになるだろうけど。
(まあいっか)
遼の顔に大河と同じような、幸せな笑顔が広がっていった。
大河と一緒なら大丈夫だ。遼は自分を見つめる大河に微笑み返すと、その胸に甘えるようにもた
れかかった。そんな遼を大河は嬉しそうに、自分の腕の中に閉じ込めた。
盛り上がる教室の中。
「あの~そろそろ講義初めてもいいかな......?」
という教授の言葉は、届くことはなかった。
第一章 恋、自覚のきっかけはキス 完
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