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第二章 俺の天使編
大河と付き合いだして一週間が過ぎた。
「んん~~」
昼休み、遼はスマホを見つめながら机に突っ伏した。
「どうした?」
そんな遼に宰が同じくスマホ画面を眺めながら声をかける。
「んん~別に......」
別にと言いながら、さっきからずっと遼はスマホを握りしめ眺めていた。その姿は、誰かからの連絡を待っているのが丸わかりで。その誰かが分かっている宰は、不貞腐れるような遼の姿を、面白いものでも眺めるように見た。
「仕方ないじゃん、論文の締め切り近いんだろ」
「......」
「神崎は院に進むみたいだし。理学部は俺らより実験とか研究発表とかが多いしな。ラブラブできないからって拗ねるなよ」
「......誰も神崎の話なんてしてないだろ」
宰の言葉に遼はぷうと膨れる。
「隙あり!」
「なっ......」
その姿をすかさず宰がカメラに取る。
「ちょ、何なんだよ」
突然の行動に驚いていると、宰がスマホをスクロールする。
「神崎に送ってやるの。論文のいい息抜きになるだろお前の写真。きっと、かわいい......ってほんわかするんだろうな~」
かわいい......と大河の言い方を宰が真似る。
「やめろよ......論文の邪魔になったらどうするんだよ!」
それを遼が慌てて止める。
「邪魔になるわけないだろ。付き合いたてなんてずっと一緒にいたいに決まってるんだから。お前も神崎にかまって欲しいなら自分から連絡したらいいのに」
「かまって欲しいなんて言ってない......」
「顔が言ってる。あの王子顔が見たくて見たくて堪らないーって」
「なんだよそれ」
乙女チックに言う宰に、遼は呆れた声を返すが、実際そうなのだ。
去年の夏に大河に恋に落ちてから早数か月。先日やっと想いが通じ合って付き合うことになった。付き合い初めて一週間、本当なら一緒にお昼を食べたり、初めて出会った中庭で話をしたり、仲良く二人で帰ったりと色々したいところだが、大河の論文の締切が目前に迫っており、思うように二人の時間を取れずにいた。本当はもっと一緒にいたい、そう思うのが素直なところで。それは大河も同じなのか、遼が連絡をすればすぐ返事が返ってくるし、なんなら大河の方からテレビ通話がしょっちゅうかかってくる。かかってくると遼も嬉しくて、ついつい長話をしてしまうのだが、電話を切ってからいつも、これは大河の論文の邪魔をしてしまっているのでは? とハッとするのだ。
「神崎ぐらいのスペックなら、恋人からの連絡なんて邪魔になんないだろ」
「イケメンだから連絡が多いのは慣れてるってことか......?」
ますますむくれる遼に宰が苦笑する。
「いや、そうじゃなくて。ほら、神崎ってさ......」
宰が何かを言おうとした瞬間、遼のスマホからピピピと電子音が響いた。遼は自分のスマホの画面を見ると嬉しそうに笑顔になる。
「もしもし」
『青木......食堂にいるの?』
「うん、どーした急に」
大河から電話がきて嬉しいのがバレないように、にやける口元を遼は隠した。
『佐々木が送ってくれた青木の写真が可愛くて......顔見たくなっちゃって』
大河のセリフに遼が宰を見ると、宰はグッと親指を立てた。
「論文進んでるのか?」
『うん、なんとか進んでるよ。今研究室にいる』
論文が進んでるようで遼はホッとする。だけど心なしか、画面越しでも見惚れるぐらい整った大河の顔がやつれているような気がして遼の胸がキュッと締め付けられる。
(俺に手伝えることがあったらいいんだけど......)
そう思うけれど理学部は、学んでいる内容が専門的すぎて、遼の役に立てそうなことはなにもない。
「あんま、無理すんなよ」
『うん』
心配そうに言う遼に大河が微笑んだ。しばし二人無言で見つめあう。
(会いたいな......)
こんな画面越しではなくて生の大河に会いたい。会って色んな話をして、そしてもっと大河に触れたいし触れられたい。忙しい中こうやって電話をくれるだけで嬉しいはずなのに、やっぱり浮かんでくるのはそんな気持ちで。寂しそうに大河を見つめる遼に、大河が何か言おうと口を開こうとした。だけど無情にも、食堂に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
「見つめあってるとこ悪いけど、そろそろ行かないと」
佐々木の言葉に遼はハッとする。
「別に! 見つめあってないし!」
照れるように言い返す遼に、画面の大河が笑う。
『じゃあ、またね』
そう言って大河が電話を切った。通信が切れた画面を見つめながら、遼はギュッとスマホを握り締める。
「愛し合う二人には時間がいくらあってもたりないねぇ~」
「うっさい!」
慰めるように肩をポンポンと叩いて次の授業に向かう宰の背中に、遼は赤くなりながら悪態をついた。遼も食べ終わった食器を片づける。食器の乗ったトレーを返却口に返しながら遼はふと思った。
(そういや神崎、昨日の夜も研究室にいるって言ってたな)
昨日家にいる時、大河からかかってきた電話の背景がまだ学校にいるようだったので、どこにいるのか聞いたらそう答えていたのを思い出す。
「......」
遼は大河との連絡のやり取りを見返す。
「......え? あいつずっと研究室にいる」
朝も、昼休みも、夜も、何をしていたのかを聞くと『研究室だよ』という返事が返ってきていた。
「大丈夫なのか?」
なんとなく嫌な予感がして、遼はそう呟いた。
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