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「おなかすいた!」
「そろそろいい時間ね。――じゃあ、食パンを食べてから出かけましょうか」
それが、僕たちが外食をする前のいつもの会話。
男子三人兄弟。育ち盛りの僕たちがみんなおなか一杯食べるには、家はあまり裕福ではなくて。
だから、外食に出かける前にまず食パンを食べて、空腹状態を脱してから出発する。
向かうのは回転寿司。
コーン軍艦ばかりを食べる弟と、ハンバーグや照り焼きなど肉寿司を好む弟。僕は彼らを横目に、空腹のままに回転するわさび寿司を取る。
そうして僕たちのフードファイトが始まった。
「……十五!」
「ぼくは十三」
「十……」
「……三人で約四十皿って…………明日から出かける前にパン二枚ね」
回転寿司、積みあがったお皿を前に、お母さんは食パンの増加を告げた。
「えー?」
「これ以上パン食べたら、お寿司食べれなくなっちゃうじゃん」
「パンばっかりは嫌」
「だったらもう少しセーブしない?」
「「「しない」」」
深いため息をついたお母さんは、遠い目をしてお茶をお茶を飲む。見ているだけでおなかいっぱいだと告げるお母さんの前には、寿司皿が四つ、積みあがっていた。
そんな僕たちも成長し、社会人になって。
帰郷したある日、まだ大学生の弟たちと、家族で食べ放題の店に行くことになった。
僕たち一家の不文律、外食前には食パンを食べるというルールも、食べ放題の店においては例外的に不要となる。
なぜなら、いくら食べても食費は変化しないから。
ゆえにまだまだ食べ盛りな弟二人を含めた一家五人で焼き肉屋に足を運んで。
サラダバーとテーブルを行き来すること十回以上。肉の大量注文は数え切れず、何より、デザートの小皿を注文したのはもはやどらだけか。
プリンや杏仁豆腐、ゼリーの小皿は軽く数えても二十を超える。
注文の品を運ぶたびに店員の目がおかしくなっていっていたのは、きっと気のせいではない、はず。
驚愕、あるいは生暖かい目。その視線にさらされた、食べ盛りを卒業した僕は、赤面するばかりだった。
そうして、気づいたのだ。母が僕たちに食パンを食べることを求めるようになった最初の理由はきっと――いい食べっぷりを通り越して驚くほどに食べる僕たちと一緒にテーブルを囲むのが恥ずかしかったからだ、ということを。
「……次からは、食べ放題の店に来る時も食パンを食べてからな」
食事終了後、そう誓いを立て、僕は財布を手に逃げるように会計に向かった。
店員と母の目がどこか同情的だったのは、きっと気のせいではない。
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