9人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
最後の記憶
君こそが僕のすべてなんだ。
僕の錆びた心を動かしてくれる唯一の歯車。
それは君であって、僕の世界は君なしでは動かない。
君が僕のもとから去っていく世界なんていらない。考えたくもない。
だけど、僕の脳裏には君との別れの予感が火傷のように焦げついていて、ふとした瞬間にそれが苦く香るから。
そうなったら最後、頭の中は不安でいっぱいになって、孤独な世界だけが全てになってしまう。
でも、それを和らげてくれるのはやっぱり優しい目をした朗らかな君の笑顔で、夜の心に満天の星に似た希望を散りばめてくれる。
柔らかな光を宿していて、それでいて真っ直ぐに僕をとらえてくれるその瞳が愛おしい。
その洗練された黒方解石の瞳にいつまでもいつまでも僕を映していてほしい。
君だけは、僕を綾瀬家の人間や、奏の弟としてじゃなくて、1人の人として見てくれた。
それに、僕の描いた絵を誰よりも好きでいてくれた。
早くに死んだ母さんも、
僕に見向きもしなくなった父親も、
研究のことしか考えてない義母さんも、
冷徹な兄も、
そしてその兄にしか興味がない学校の先生も生徒も。
誰も僕にくれなかった愛情を、君はくれた。
君の、春の芽吹いた花に降り注ぐ柔らかな陽の光のような温かい情感が、僕の骨の髄まで染み渡って新しい「僕」を作り出していくんだ。
こんな僕を純麗な君の心で受け入れてくれて、ありがとう。
君はいつも、いつでも、女神のように優しかった。
でも、だからこそ君は僕を傷つけないために、自分自身を苦しめていたね。
優し過ぎる君。
でも、僕はその優しさを利用して、君を苦しめ続けてしまった。
ごめんね。
全部僕のせいだ。
いつも何かを望んでは失敗を繰り返してしまう。
行動しても逆に未来は、前よりも酷くなるばかりだった。
信じた分だけ傷つくから、全ての苦痛から逃げてきた。
その結果生み出された今の僕は、脆弱な『僕』だ。
でも、弱いからこそ、いつも希望を探して、すがりつこうとしてしまう。
今回はそれが君だった。
だから、今度こそ、最後こそは、僕自身が、君を壊してしまう前に、君を救うおうと思った。
でも僕は結局君を守れなかった。
君を壊してしまった。
もともと、僕自身も壊れていたから。
壊れていたから『僕』が生まれたから。
やっと僕の意識が戻ってきたとき、目の前には君がいて…。
月明かりに照らされた君の顔は、酷く怯えていて、目には光がなかった。
ただただ、真っ暗な瞳で茫然と立ち尽くしていた。その光を通さない目が、世界で一番嫌いなのに、僕は君をそんな顔にさせてしまった。
君の目から涙がこぼれたときにだけ、ほんの一瞬光が入ったように見えたのは僕の儚い願望なのかもしれない。
頬を伝う涙を拭おうとする僕の手は真っ赤で、君の頬も赤く染めてしまった。
最期に見るのは君の笑顔が良かった。
『僕』の意識はもう時期消える。
ごめんね。
何もかもが暗闇に溶けていった。
最初のコメントを投稿しよう!