1、プロローグ -つまらないお話-

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目覚ましの音が僕を現実に引きずり戻す。 軽い絶望を感じるのはいつものことだけど、最近は梅雨に入って、余計に憂鬱さが増していた。 低気圧で鈍痛がする頭に、だるくて重い体。僕だけ重力が重くなって、ベッドにめり込んでいる気がした。 瞼が落ちる。 だんだんと雨の音が遠くなっていった。 再び、やかましいアラームで起こされる。 思わず出てしまうため息のあと、僕の頭は「学校に行きたくない」でいっぱいになった。 でも、行かないなんて選択肢、僕には用意されてないから。 嫌でも、絶望しても、ため息が出ても、重い手足を動かして学校へ行く準備を始める。 着替えたあと、僕の部屋がある離れから長いガラス張りの廊下を通って母屋に行く。 リビングに入ると自動で照明がついた。 5年前に建てられたこの家は、モデルルームなんかよりもずっと広い。 最初の頃は落ち着かなかったけれどもう慣れた。 嫌でも住んでいれば勝手に慣れる。 カウンターキッチンも、吹き抜けのリビングも、暖かい色の照明も、近所の公園より広い庭も。 でも、一人きりの食事はいつまでたっても慣れることはなかった。 この家に来てから2年以上たつけれど、家族と一緒に食事をしたことがない。 家にはいつも誰もいなかった。 1人の食事は、いつも箸が進まなかった。 噛んでも味がしない。 喉が締まって、食べ物がざらついて、飲み込むのもつらい。 またため息が出た。 食事のあとは、兄の朝ご飯の準備をする。 兄は僕のとは反対側にある離れにいて、ほとんどそこから出てこない。 1日一食で、僕が運んであげないと永遠に食事をしないと思う。 心配だから毎日朝ご飯を運んでいる。 手作りのものだと吐いてしまうので、既製品をお盆に乗せてもっていく。 兄は絶対に人を離れに入れない。だから、入り口の前にご飯を置いて、インターホンで知らせる。 「(かなた)、朝ご飯持って来たよ。今日は学校で表彰式があるから、来れるなら来てね」 インターホンを鳴らしてから数秒は離れ全体に声が届くようになっているから、兄の返事はなくても僕の声は聞こえているはずだ。 でもきっと、兄は学校に来ないだろう。 顔を隠すために大きめのマスクをつけて家を出る。 外に出ると分厚い灰色の雲から、大粒の雨が降っていた。水溜りに落ちる粒があちこちで跳ねている。 学校に行きたくない。 それでも、僕は傘を差して学校へ行かなくてはならなかった。
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