1、プロローグ -つまらないお話-

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歩いて10分もしないうちに学校に着く。 授業はしんどい。 僕のレベルではこの学校の授業についていけなくて、聞いてるフリをするので精一杯だった。 休み時間もしんどい。 友達なんて1人もいないから、休み時間には孤独と疎外感を常に感じる。 学校という場所は、僕に負の感情しかもたらさない。 だったら僕はなんのために学校にいるのだろう。 そんな僕でも、昼休みはわりと好きだった。 いつも昼食は取らずに、図書室で時間をつぶすことにしている。 図書室では趣味の絵の参考資料を探したり、発想を膨らませるためにいろんなジャンルの本を読んだりしている。 でも、今日は5時間目にある表彰式のせいで、あまりゆっくりできなかった。 高等部の生徒が講堂に集められて表彰式が始まった。 6月も終わりのこの時期は、ほとんどが運動部の表彰だった。体格の良い男女が歯切れの良い返事をして、賞状やトロフィーを受け取っていく。 でもその中に、運動部以外で何度も呼ばれる名前があった。 『綾瀬奏(あやせかなた)』 僕の兄だ。 今日の表彰式で、奏の名前が呼ばれるのは何回目だろう。 書道、英語のスピーチ、科学実験の発表、英語で書いた論文に、ピアノのコンクール。 呼ばれるたびに兄の姿はなくても盛大な拍手が巻き起こった。 兄は本当にすごい。 誰もが尊敬してもしきれないほどの天才だった。 兄への拍手が鳴り止まない中、次の名前が呼ばれる。 「美術コンクール金賞、綾瀬唯我(ゆいが)」 名前が呼ばれた瞬間、心臓がドキッと跳ねた。控えめな返事をしてステージに向かう。 最悪なタイミングだと思った。 生徒たちの視線が突き刺さる。 「ああ、弟の方かよ」 「奏さんかと思ったのに」 「誰もお前の表彰とか求めてない」 生徒の目を見るたびに、勝手に心の声を捏造してしまう。 妄想で作り上げた言葉で、自分の心を削ぎ落としている。 いつからかこんな自傷行為が、僕の日常に溶け込んでいた。 賞状を受け取り、乾いた拍手の中、形だけのお辞儀をした。 この場にいない兄への拍手より、僕への拍手のほうが小さいのは幻聴ではなく現実だった。 表彰式で得たものは、誇りや自己肯定感とは真逆の孤独で惨めな自分の現実だけだった。
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