5、夏休み前半

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受付近くの椅子に腰掛ける。 一旦、落ち着こうと思い、マスクを持ち上げて深呼吸をする。 落ち着いてきた。 頭がスッキリして思い出したことがある。 ここの病院は前に来たことがあった。そのときは夜で暗かったし、十年以上前のことだからうっすらとだけど。 一人で訳もわからず寂しく待っていた記憶。 ここは母さんが事故のときに運ばれた病院だ。 あのときは父親が母についていて、僕はここの受け付けで一人で待たされたんだっけ。 母さんはここで死んだ。 今となっては遠い記憶だ。母さんが死んだとき僕は3歳だった。 母さんは物づくりが好きでハーバリウムも作っていた。一緒に作ったこともあった気がする。 そういえば八島先輩も欲しいって言っていた。 これは作るしかないと思った。 思い立ったらすぐ行動だ。 フリーWi-Fiをつなぎ、ネットで材料を調べる。 大体は100円ショップで買えるらしい。 完成のイメージをタブレットに描き出す。 無我夢中で何パターンか描いてみた。 次々と考えが湧いてくる。 これは良いものができそうだ! そう思ったときに、スマホから着信音が聞こえてきた。 八島先輩からだ。 『今どこらへんにいる?』 「受付のところです」 『了解。今から向かうね』 切れてすぐに先輩の姿が見えた。 二人でバス停に向かう。 「ありがとう。気を遣って二人きりにしてくれたんだよね。ずいぶん話し込んじゃったみたいで」 「全然大丈夫ですよ。よく話せましたか?」 「うん。綾瀬くんのおかげで。ありがとう。莉奈も元気そうでよかった」 バスの中で先輩はいろいろな話をしてくれた。 例えば、お見舞いのクッキーとチョコレートを前園先輩が10分で全部食べ切った話とか(それでも何個かは八島先輩にくれたみたいで、僕も一個ずつもらった。すごく美味しかった)、前園先輩が階段から落ちた理由とか(スマホで推しに見惚れていたら階段を踏み外したらしい。歩きスマホはダメと熱弁されたと八島先輩が言っていた)。 最寄駅のところまで着いて、路線の違う僕と先輩はここでお別れする。 今日の天使のように可愛い先輩の私服姿をぜひとも写真におさめたかったけれど、さすがに引かれるので心のアルバムにだけしっかりとしまっておいた。 先輩を見送ってからハーバリウムの材料の買い出しに向かう。 さっきまでずっと隣にいたはずなのに、想像で思い浮かべる先輩はまた僕の心を締め付けた。 先輩の喜ぶ顔がもっと見たい。 ついつい買いすぎてしまった。
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